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文化・芸能
朝日新聞社

撮り続ける人生 ドキュメンタリー映画監督、J・ユンカーマンの半生

初出:2015年8月31日〜9月11日
WEB新書発売:2015年10月1日
朝日新聞

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 米国ミルウォーキー生まれのドキュメンタリー映画監督、ジャン・ユンカーマン氏。米軍横須賀基地に赴任となった父親と暮らした神奈川県葉山町の9カ月が、日本との絆のはじまりだった。その後、ベトナム反戦運動、反核運動に関わり、日米を往還するうちにドキュメンタリー映画と出会う。9・11同時多発テロ事件を受けて制作した「チョムスキー 9・11」、世界の人々に日本国憲法についての意見を聞く「映画 日本国憲法」、アカデミー賞にノミネートされた「劫火 ヒロシマからの旅」、カジキの一本釣りに賭ける漁民を描いた「老人と海」など、著名作品の撮影裏話を交え、改めて語る文化の尊さ。

◇第1章 原点は「どうして戦争を続けるの?」
◇第2章 父のニコンが残した葉山と家族の記録
◇第3章 キューバ危機、迫った核戦争の恐怖
◇第4章 反差別デモや選挙運動に参加した10代
◇第5章 大学のベトナム反戦運動で逮捕
◇第6章 苦しみ続ける沖縄、ずっとテーマに
◇第7章 議論交わし映像化「これが自分の仕事」
◇第8章 妻と2人の子、カメラで紡ぐ家族の絆
◇第9章 人の心癒やす文化、大切に継承を
◇第10章 9・11 市民つなぐ仕事これからも


第1章 原点は「どうして戦争を続けるの?」


 ――「映画 日本国憲法」を約10年前に作られました。今の安保関連法案反対運動をどうご覧になりましたか。

 この映画では、世界の人々に日本の憲法をどう思うかをインタビューしました。その答えは重く、「改憲問題は国内問題ではなく、国際問題だ」などの提言がありました。そうした声を日本の市民に訴えたかったのです。しかし当時は若者の関心が低かった。世代が代わり、今の若者は安保法案の反対運動の中心になっていますね。世界にどう向き合うべきかをよく考えていて、全国的な広がりもある。インターネットをツールにしている点も違います。

 ――この映画を作ったのは、どういう動機から。

 高校3年の時、日本の高校に1年間留学したんですよ。ベトナム戦争さなかの米国で育ち、戦争を一日も早くやめてもらいたいと願う少年だった僕は、戦争を放棄した憲法を持つ日本に、強くあこがれました。「どうして米国は戦争を続けるのか?」。帰国後僕の心に広がったこの疑問が原点です。

 ――過去の改憲の動きも描かれていますね。

 記録映像を盛り込みました。1950年代に、後に首相になる鳩山一郎氏や岸信介首相が改憲を口にし、53年11月に来日したニクソン副大統領は「日本に平和憲法を作ったのは誤りであり、共産主義に対抗する軍備を充実する必要がある」と述べた。それでも憲法は変わっていません。

 ――改憲の動きの背景には、いわゆる「押しつけ憲法論」があると思いますが。

 それについて、ここではひとつだけ言いましょう。映画では約3年前に他界したベアテ・シロタ・ゴードンさんにも取材しました。GHQ(連合国軍総司令部)の憲法草案スタッフで、人権、男女平等などの条項に関わった方です。当時の日本では、民間学識経験者らで構成する憲法研究会が、たいへん進歩的な憲法草案を自主的にまとめています。彼女は、GHQのスタッフは、この草案をよく読んでいたと証言しています。日本政府の態度とは別に、一般の日本人の思いの中には、こうした発想があったのです。

 ――映画の制作前には、国連平和維持活動(PKO)によらない自衛隊のイラク派遣が議論されていました。今はさらに踏み込み、集団的自衛権が議論されています。

 小泉純一郎首相の自衛隊派遣は「人道復興支援活動」でした。更に踏み込むなら本当に世界平和につながるのか、市民として過去の経緯をよく考えるべきです。イラク戦争の結果多くの人命が失われ、それまでなかった過激派組織「イスラム国」(IS)まで出てきたのですからね・・・

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