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文化・芸能
朝日新聞社

防空壕にはハーモニカを持って ナベサダの原点・宇都宮

初出:2015年9月26日〜9月30日
WEB新書発売:2015年10月15日
朝日新聞

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 世界的なサックス奏者の渡辺貞夫さん(1933年2月生まれ)は宇都宮市出身。音楽が好きで、12歳の時の「宇都宮空襲」で生家が全焼したが、防空壕に逃げ込む時もハーモニカを離さなかった。終戦後、ラジオで流れていたアメリカの音楽が新鮮だった。「明るい音楽なんて聴いたことがなかった」。「餃子」で知られる宇都宮だが、市は「ジャズのまち」を掲げ、ジャズを生かしたまちづくりを進めている。

◇もっと、音楽を身近にしたい
◇メロディー、いつもどこかで


もっと、音楽を身近にしたい

◎ハーモニカ離さず防空壕へ
 原点として語り継がれるエピソードがある。12歳だった1945年7月、宇都宮空襲で生家が全焼。火の手が迫り、防空壕(ごう)に逃げ込むときもハーモニカだけは離さなかったという。
 「母親が買ってくれた、僕が初めて手にした楽器。無意識のうちにそれだけをポケットに入れて逃げていたんですね。父親は琵琶師でもあり、よく正座して聞かされるのはいやでしたけど、音楽は好きでした」
 終戦後、ラジオの進駐軍放送から流れ始めたハイカラなサウンドは、そんな少年にはことさら新鮮で刺激的だった。アメリカンポップスにハワイアン……。
 「それまで音楽といえば日本の流行歌や学校の唱歌、軍歌ぐらい。明るい音楽なんて聴いたことがなかったから、夢中になりました。宇都宮の国道を、戦車を前に隊列を組んで歩いてくる進駐軍の兵隊さんも格好よかった。そして、光るきれいな紙に包まれたチョコやチューイングガムを僕らにくれるわけです。それを大切に持ち帰って。アメリカの文化に、ますますあこがれちゃいましたね」
 関心がジャズに傾いたのは高校進学後の48年。米国映画がきっかけだった。
 「『ブルースの誕生』という映画で、同い年ぐらいの少年がクラリネットを吹く姿にあこがれました。江野町の小さな楽器店で中古のクラリネットが1本、3千円の値札がついて売られているのを見つけ、父親にしつこくせがんで買ってもらって。でも、手に入れたはいいけれど、音の出し方がわからない。中央小学校の前の駄菓子屋のおやじさんに、1回10円で3日間通って教わりました」
 学校へも持って行き、トランペットやオルガンができる同級生と放課後、米国のヒットソングを一緒に演奏。家でも毎日練習した。「部屋で吹くとうるさいって言われるもので、屋根にのぼって吹いていたものです」と苦笑する。
 独学ながら腕を磨き、高2になった翌年には市内のタンゴバンド「山内楽団」の一員に。進駐軍のキャンプで演奏するのに必要だった特別調達庁発行の「芸能審査証」も獲得し、将校らが集う県内のホテルでクラリネットを奏でた。
 サックスを初めて手にしたのは高3の時。卒業後、18歳で上京し、本格的にジャズミュージシャンの道を歩み始めることになる・・・

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