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世相・風俗
朝日新聞社

大人の街・六本木の素顔 ギラギラ野心だけじゃない

初出:2015年9月3日〜10月1日
WEB新書発売:2015年10月15日
朝日新聞

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 六本木ララバイ、六本木心中、六本木純情派。いくつもの曲のタイトルにその名は使われてきた。「六本木はふらりと立ち寄る街じゃない、真剣に遊びに行くところ」。1980年代にディスコに通いつめた女性は語る。「ギラギラしていて、良い意味での野心があって」。いまも夜の社交場だ。午前3時になっても人はあふれ、「ヘイ、マイフレンド」と黒人の客引きの威勢の良い声が飛ぶ。2万人が働き、2千人が住む六本木ヒルズ、待ち合わせ定番の老舗喫茶店「アマンド」……。大人の街・六本木のさまざまな素顔を見つめた。

◇第1章 ヒルズが呼んだ笑顔の輪
◇第2章 サタデーナイト再フィーバー
◇第3章 元暴走族、夜の社交場へ
◇第4章 待ち合わせの店、装い一新


第1章 ヒルズが呼んだ笑顔の輪

◎「ろくろく」住民 災害に強い地域願う
 港区六本木6丁目。
 「ろくろく」
 六本木ヒルズがそそり立つ場所は、かつてそう呼ばれていた。丘(ヒルズ)ではなく、すり鉢状の地形の底。住宅や低層ビルの密集地だった。
 「坂道の道幅は狭く、消防車も入れなかった」
 「ろくろく」で生まれ育った原保さん(84)は振り返る。江戸時代後期、1840(天保11)年に創業した金魚店の5代目。51年前の東京五輪を機に六本木もにぎわいを増したが、「ろくろく」の静けさと湿っぽさは変わらなかった。
 あの時までは――。


 住民らに大規模再開発のうわさが届き始めたのは1986年。一角にあるテレビ朝日の本社ビル建て替えに合わせ、一帯の再開発を行政が計画した。不動産開発を手掛ける森ビルは、テレビ朝日とともに住民らへの説明を始めた。
 原さんは戸惑った。100年以上続いた店を自分の代で畳むのか、と。だが、まちへの愛着と危機感が背中を押した。「この地形だと、震災や火事が起きたら全部燃えてしまう。災害に強いまちをつくらねば」。再開発に反対する住民を毎晩のように訪ね歩き、時には日付が変わるまで話し合いを重ねた。
 同じ頃。
 藤巻慎一さん(56)も靴をすり減らし、「ろくろく」を歩き回っていた。当時、森ビルに入社して3年目の27歳。敷地面積11ヘクタールの大規模再開発で、地権者は500人もいた。
 バブル景気に沸き、「地上げ」が流行語になった時代。再開発は最悪のタイミングと思えた。「一緒にまちをつくりませんか」。地権者にそう呼びかけても、「うちは売らない」と玄関先で追い返される日々。せんべい屋の店主には「苦労して築き上げた店だぞ」と怒鳴られながら、毎日のように店に通った。
 バブルがはじけた。今度は「権利変換」で住民らに動揺が広がった。地権者の権利を今までと等しい価値で再開発ビルの床の権利などと置き換える手法だが、土地の評価額が下がれば変換後の権利も目減りする。森ビルの森稔社長(当時)は96年、この年に決めた変換率を将来も確保すると住民に約束した。結果として自社が500億円の評価損を計上することになる社運を賭けた決断だった・・・

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