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文化・芸能
朝日新聞社

ジャガイモ風土記 伯爵イモからデストロイヤーまで

初出:2015年9月28日〜10月6日
WEB新書発売:2015年10月22日
朝日新聞

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 ポテサラ、ポテトチップス、グラタン、カレーといった日常的なところから、練り製品、インスタント麺、医薬品、工業製品といった目につきにくいところまで、われわれの日常生活にしっくり溶け込んでいる「ジャガイモ」。その用途は、2千を超すという。「男爵いも」の名前の由来となった川田龍吉の生涯、「伯爵」の別名のある北海道の「ワセシロ」、「十勝こがね」「ピルカ」「こがね丸」「はるか」など、男爵の牙城に挑む次世代種、覆面レスラーに似た見かけがユニークな「グラウンドペチカ」、沖永良部島の「新じゃが」、そして、ネットで大人気の菊水堂の「ポテトチップス」……。身近な食材の知られざる側面を掘り出すルポ。

◇第1章 「伯爵」の名だったなら…
◇第2章 悲しい恋の味がした
◇第3章 男爵やめた、道が開けた
◇第4章 「サユミムラサキ」に見守られ
◇第5章 沖永良部、根づく自立の精神
◇第6章 試作チップス、砂糖をかけた
◇第7章 飢えなき世界へ、アンデスの恵み


第1章 「伯爵」の名だったなら…

 アメリカの片田舎でステーキ店に入ったときのこと。注文すると、付け合わせのジャガイモをどうするか尋ねられた。焼くのか、揚げるのか、マッシュするのか。うーん、考えたことなかったな、漫然と口に入れていたんだ。収穫が盛りの今、思いを巡らせるのも悪くない。
 2015年9月最初の日曜日。北海道の東部、中標津町で「伯爵まつり」が開かれた。特設舞台で子どもたちがダンスを披露し、屋台の前に列ができる。その騒がしさをよそに、会場の一角にある畑では、300人ほどいるだろうか家族連れがジャガイモ掘りに興じていた。このイモこそが「伯爵」だった。


 正式な品種名を「ワセシロ」という。名前の通り早生(わせ)で、色が白い。男爵薯(いも)の遺伝子も入っていて、ホクホク感がある。
 浅間和夫さん(81)は、中標津町にある道立根釧農業試験場でその開発を担った。個体選抜の畑で、色白で大きめのイモをつけた株を見つけたのが1964年。そこから栽培と選抜を繰り返し、10年がかりで送り出した。
 新品種の命名に際して、浅間さんらは第1候補を「ハクシャク」、第2候補を「ワセシロ」にした。当時、漢字は使えなかった。爵位は「公侯伯子男」の順。「ハクシャク」には「男爵より上」という自負を込めた。
 しかし、農林省(当時)の審査委員会は「ワセシロ」を選んだ。「ジャガイモに爵位はなじまない」などの議論があったらしい。印象的な名前でアピールしようというもくろみは外れた。
 浅間さんらは「伯爵」を愛称にして道内外に売り込みをかけた。大手百貨店とも提携した。道庁からは、正規の登録名と違う名称で売るのはよくないと注意されたが、無視した。自分たちの町で生まれたジャガイモを応援しようと、まつりの名前にも「伯爵」が加わった。
 北海道のジャガイモ栽培面積は13年で約5万2千ヘクタール。このうち男爵は約1万ヘクタール、メークインが約5千ヘクタール。一時2千ヘクタールを超えたワセシロは約350ヘクタールに減った。次々出てくる新品種に押し出された格好だ。
 男爵に勝る品種をつくりたいという浅間さんの願いはかなわなかった。でも、栽培面積で男爵を上回る品種は生み出せた。「コナフブキ」。でんぷんの原料になる。
 でんぷんは、かたくり粉、練り製品、インスタント麺類といった食品から、医薬品、工業製品まで2千を超す用途があるという。北海道で生産されるジャガイモはでんぷん原料用が最も多く、中でも「コナフブキ」は約1万4千ヘクタールと1位の作付けを誇る。
 「ワセシロが伯爵という名前だったら、という思いは今もある。いくら味や質がよくても、名前で負けてしまう。まぁ男爵を駆逐するような品種は当分出てこないでしょう」と浅間さんはいう。
 男爵は明治の終わりに日本に来てから、ずっとトップの座に君臨してきた。その絶対王者が陥落するところを見たいような、見たくないような・・・

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