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政治・国際
朝日新聞社

安倍晋三はなぜ復活できたのか 初めて明かされる返り咲きまでの舞台裏

初出:2015年9月27日〜10月10日
WEB新書発売:2015年10月29日
朝日新聞

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 安倍晋三氏は2007年9月、入院先の慶應大病院で記者会見し、自身の健康問題を理由に首相辞任を表明した。第一次安倍政権の終焉だった。世論が「政権放り出し」「無責任」と批判一色な中、2012年に首相に復帰、第二次政権を立ち上げるまで、安倍氏はどんな日々を送っていたのか? 関係者の証言から、雌伏の日々の知られざるエピソードを深掘りする。

◇第1章 座禅の場「石破さんは出ますか」
◇第2章 「体力限界」克服へ高尾登山
◇第3章 地元で行脚、再起への出発点
◇第4章 養生しに温泉でもいかへん?
◇第5章 評論家らが再生プロジェクト
◇第6章 維新と蜜月、源流は「2・26」
◇第7章 維新と「新党」、側近の覚悟
◇第8章 「岸先生は…」出馬へ背押す
◇第9章 尖閣緊迫、強硬姿勢で存在感
◇第10章 ずっと無念「憲法改正したい」


第1章 座禅の場「石破さんは出ますか」

 「石破さんは総裁選に出ますか?」
 2015年7月24日夕、東京・谷中にある山岡鉄舟ゆかりの禅寺「全生庵(ぜんしょうあん)」。首相・安倍晋三は、当選回数が1期上の衆院議員・山本有二と座禅を組んだ。
 安倍が尋ねると、山本は「出るよ」と答えた。すると、安倍は山本の言葉を即座に打ち消した。
 「いや、出ませんよ」
 安倍はこの時、地方創生相・石破茂の不出馬を確信していたのだろうか。山本には、安倍が一瞬顔をこわばらせたように見えた。
 自民党総裁選では、党前総務会長・野田聖子が立候補を模索し注目された。だが、安倍が最も警戒していたのは実は石破の動向だった。
 この日の座禅は安倍が山本を誘った。安倍の第1次政権退陣以来、ときどき座禅を組む仲だ。山本は、石破に近い議員グループ「無派閥連絡会」の会長だった。2人は8月中旬に山梨でゴルフをした際も、同様のやり取りを繰り返す。「石破さんの動きが気になっていたのだろう」と、山本は思った。
 安倍周辺には、総裁選は避けたい、という空気が強かった。安全保障関連法案の国会審議の影響で、安倍内閣の支持率は第2次政権の発足以来最低となっていたからだ。前回、地方票で安倍を上回った石破が相手となればなおさらだった。
 ゴルフから半月後、山本は安倍に、近く石破派を立ち上げることを電話で伝えた。この動きはあくまで「次」を見据えたもので、総裁選への出馬は見送る、という趣旨だった。安倍は「そうですか」とだけ述べたという。
 そして9月9日夕、国家戦略特区諮問会議を終えた石破は、首相官邸で自身の派閥立ち上げを正式に表明した。「安倍総理は5年以上、政策を錬磨し、政権構想を練った。時間はいくらあっても足りない」と、その狙いを説明した。安倍が、自民党総裁選で無投票による再選を決めた翌日のことだ。
 今回の総裁選は候補者が乱立した前回とは一変し、誰とも争うことなく、安倍は再選した。だが、安倍が12年末に再登板を果たすまでの道のりは平坦(へいたん)ではなかった・・・

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