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朝日新聞社

サハリン旧日露国境を訪ねる 戦争、観光、亡命、そして廃墟

初出:2015年10月19日〜10月23日
WEB新書発売:2015年11月12日
朝日新聞

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 北海道の北に、かつては樺太、いまはサハリンと呼ばれる大きな島がある。現在はロシア領だが、南半分が日本領だった戦前は約40万人の日本人が住んでいた。中央を東西に走る北緯50度が国境だった。戦前は人気の観光地であり、有名女優の亡命の地でもあり、終戦直前はソ連軍が押し寄せた戦場でもあり、今は、日本時代の工場の遺跡だけが、往時の姿をしのばせる。国境とは、国とはなんなのか? かつての「陸の国境」から問いかけるルポ。

◇第1章 日本にもあった陸の境界
◇第2章 ここは人気観光地だった
◇第3章 戦争とは玄関に敵が来ること
◇第4章 「銀河鉄道」20分停車
◇第5章 ぞくぞくする廃虚の魅力


第1章 日本にもあった陸の境界

 北海道の北に、かつては樺太、いまはサハリンと呼ばれる大きな島がある。現在はロシア領だが、南半分が日本領だった戦前は約40万人の日本人が住んでいた。
 その島の中央を東西に走る北緯50度が国境だった。


 かつて日本にも陸の国境があった。研究者らで作るNPO国境地域研究センターが現地を訪れる「国境観光」ツアーをすると知り、同行した。
 一行は20人。大学教授や元ロシア駐在員、元小学校教諭などさまざまだ。
 2015年9月中旬、稚内からフェリーで北へ。宗谷海峡を渡り、まず現在の国境を越える。約6時間後、コルサコフ(旧・大泊)の港に着いた。
 港で入国審査を受け、バスに乗って北へ向かう。宿泊をはさみ陸路が合計9時間を過ぎたころ、目的の地に着いた。バスを降り、シラカバの木々の中の細い道を進む。
 「あった」「これかぁ」。参加者から声があがった。
 コンクリート製だろうか。約1メートル四方。苔(こけ)むし、あちこち欠け、一部は埋もれている。正確には「樺太日露国境天測境界標」といい、目の前にあるのはその台座跡。


 この上に国境標石が置かれていた。将棋の駒のような形で、南面には菊の紋章と「大日本帝国」「境界」の文字が、北面にはロシア帝国の双頭鷲(わし)の紋章と「ロシア」「国境」を表すキリル文字が刻まれていた・・・

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