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文化・芸能
朝日新聞社

吉祥寺はなぜ住みたい街一番になったのか 「火花」舞台の居心地の秘密

初出:2015年10月8日〜10月29日
WEB新書発売:2015年11月19日
朝日新聞

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 東京都武蔵野市吉祥寺が「住みたい街」ランキングの1位常連になったのは、2000年代の半ばから。JR中央線で新宿、京王井の頭線で渋谷に出やすい利便性。充実した商業施設。都心より安い物価。駅近くの緑豊かな井の頭公園……人気の理由はいくつもあるが、街は人が育てるもの。ユニクロですらのみ込む心地よい人のつながりが魅力の根っこにある。芥川賞受賞作「火花」の舞台となった武蔵野珈琲店を始め、「程よく手ごろな都会」をそぞろ歩きながら、人気の秘密を探るルポ。

◇第1章 程良く、手ごろな都会
◇第2章 大型店出店競争、伊勢丹が先陣
◇第3章 乱れた路地裏、安全目指し一丸
◇第4章 井の頭公園、文化生み出す源泉


第1章 程良く、手ごろな都会

 喫茶店で主人公の漫才師が師匠と語り合う。店を出る2人に、店主はビニール傘を差し出す――。
 芥川賞を受賞したお笑い芸人・又吉直樹さんの小説デビュー作「火花」の舞台は東京都武蔵野市の吉祥寺だ。登場する喫茶店は、吉祥寺駅から井の頭公園へ向かう途中、ビルの2階にある。
 武蔵野珈琲(コーヒー)店。
 店主の上山雅敏さん(61)は「自分の好きな街、好きな空間として書いてくれたのが何よりうれしい」と話す。33年前に開店。又吉さんは吉祥寺に住んでいた頃、この店で読書にふけった。開店直後から一番奥の席に座り、パソコンのキーボードを静かに打っていた日もあったという。
 「吉祥寺特集を組んだのは、(メジャーな情報誌では)Hanakoが最初だと思う」。雑誌「Hanako」(マガジンハウス)の初代編集長、椎根和(しいねやまと)さん(73)は言う。「首都圏に住む27歳のOL」をターゲットに1988年に創刊。ファッションやグルメに敏感な「Hanako族」と呼ばれる若者を生んだ情報誌は、88年9月の第17号で吉祥寺を取り上げた。



 銀座や横浜、六本木、新宿、渋谷などに比べると、吉祥寺は未知の街。ただ椎根さんには確信があった。「ぶらぶらできる街は発展する。特集は成り立つ」
 抵抗・反戦の詩人と呼ばれた金子光晴のファンだった椎根さんは70年代前半、金子が暮らした吉祥寺に通い詰めた。浴衣姿の金子は下駄(げた)をつっかけ、ほどけた帯を引きずりながら商店街を歩いていた。一方、同じ街で若者たちは音楽に熱中していた。ロックにフォーク、モダンジャズ。あの時見た風景が頭にあった・・・

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