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経済・雇用
朝日新聞社

さわやかに熱い人 USEN会長・宇野康秀、ありえない復活劇の秘密

初出:2015年11月7日〜11月21日
WEB新書発売:2015年12月3日
朝日新聞

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 「俺はどうしたらいいんだ」と弱音を吐いた。「このままじゃUSENがつぶれちゃうよ」。涙が頬を伝った――24歳で起業、やがて父の創業したUSENを引き継ぎ、「ヒルズ族」のひとりとして脚光を浴びた宇野康秀氏。リーマンショックの直撃を受け、巨額負債返済のため虎の子の会社を次々と売却するなど苦汁をなめたが、一度は追い出されたUSENにも復帰し、着々と復活への地歩を固めつつある。したたかなまでの諦めの悪さの底に何があるのか? 本人や関係者の証言から探ってみる。

◇第1章 上場3社目、取り戻した自信
◇第2章 死にゆく父に託された会社
◇第3章 たたき売った企業、流した涙




第1章 上場3社目、取り戻した自信
 宇野康秀(52)は2014年暮れ、自らが社長を務める会社としては3社目の株式公開を成し遂げた。
 1社目は25歳で創業した人材サービスのインテリジェンス、次いで父の故・元忠から受け継いだUSEN(旧大阪有線放送社)、そして3社目が有料の動画配信事業のユーネクストである。
 10年前、日本経済の中心は六本木ヒルズではないかと錯覚する時代があった。
 ヒルズ族旋風が吹き荒れたあの時代、宇野も相次ぐM&Aでグループを急拡大させた。証券取引法違反容疑で堀江貴文ら幹部が逮捕された後のライブドアを再建しようと、06年に宇野個人が同社の大株主になり、脚光を浴びた。USENの連結売上高は3千億円を超え、従業員は約1万人、業容はもはや大企業と呼べた。
 ところがM&Aの軍資金を銀行に頼ったため、負債が膨張。リーマン・ショック後、銀行の回収姿勢が強まり、宇野は針のむしろに立たされた。傘下の企業群をひとつ、またひとつと売却しては返済にあて、ついにUSEN社長も退いた。
 あのとき、銀行から売却を迫られた一つが動画配信のユーネクストだった。だが「いずれネットで動画を見る時代が来る」と信じていた宇野は、あきらめきれない。300人の社員とともにUSENから分離して引き取り、毎月1億数千万円の赤字も自らが負担して育ててきた。
 東京・神宮前のユーネクスト本社の向かいのビルは、宇野が明治学院大生だった30年余り前に働いた学生ベンチャーがあった因縁の地だ。当時すでに、自宅でオンデマンドで映画を見られる時代を夢見ていた。原点に戻るつもりで、ここを本社所在地に決めた。
 原点回帰にはもう一つの意味がある。「自分への戒めです」と宇野。広げすぎた事業の多くを失った。「ユーネクストも銀行からお荷物といわれ、USENからは追い出された格好だった。上場によって自信を取り戻せました」。ユーネクスト上場に先立つ14年春、取締役会長としてUSEN経営陣に戻った。この年、宇野は上場と復帰を果たしたのだった。
 「宇野さんは世の中に何か新しいものを出したいという気持ちが非常に強く、しかもあきらめない人。あきらめが悪いくらいです」。元USEN副社長で、今はローソン専務執行役員に転じた加茂正治は、そう評して笑う・・・

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