【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

世相・風俗
朝日新聞社

春画、女も男も幸せそう 「知的なエロス」の奥深き世界

初出:1999年2月8日〜2015年6月24日
WEB新書発売:2015年12月3日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 恥じらい、充足、至福……。共寝の男女を大胆にトリミングした構図。春画は、現代の男性向けポルノとは違って「後ろめたい」ものではなく、笑いあり、パロディーあり、男女が「楽しんで読む」ものだった。上流階級では、嫁入り道具として注文品が用いられたという。2015年、日本初の本格的な春画展が開かれ、連日の大盛況。これまで性器などのあからさまな表現がネックになっていたが、来場者たちからは笑い声も。よろい姿の男女が交わる作品に「ガチャガチャしてやりにくそう」。奇抜な体勢はなぜ? 江戸時代は自慰が盛んだった? 奥深き春画の世界にご案内します。

◇第1章 重なる知と欲、秘められた遊び心
◇第2章 春画 自らの欲望処理に利用
◇第3章 大規模春画展、遠い「故郷」/あからさまな表現に賛否
◇第4章 「春画」だけの展覧会、タブーに挑む
◇第5章 「春画展」が大盛況、そのわけは


第1章 重なる知と欲、秘められた遊び心

 日本のエロチックな絵画の歴史は、平安時代の絵巻までさかのぼるという。最初は物語の一場面として、1600年前後には、性の営み自体が画題の、いわゆる春画が登場。上流階級では、嫁入り道具として注文品が用いられたようだ。
 江戸時代に浮世絵版画が発達すると、庶民にも春画は広まる。
 1722年の取締令で、春画の出版は禁じられる。しかし、肉筆画は対象外。春画の出版・流通も潜行して続いた。「アングラだからこそ彫りや刷りに贅(ぜい)を尽くすことができた」と小林忠・学習院大名誉教授。名だたる浮世絵師のほとんどが春画を手がけ、美術作品としての傑作を生んでいる。
 例えば鳥居清長の12枚組「袖の巻」。本来は縦長の柱絵版を横にし、共寝の男女を大胆にトリミングした構図の冴(さ)え。恥じらい、充足、至福……。類型的な顔の美人画とは一変、身分も状況も多様な人々の豊かな表情を描いている。
 近代以前の日本で、男女の和合は国家安寧や豊穣と結びつく、めでたいこと。春画も、現代の男性向けポルノとは違い、それを見ることも「後ろめたい」ものではなかった。庶民は男性も女性も、貸本屋を通じて春画に親しんだ。
     *
 際どい描写に目が行きがちだが、国際日本文化研究センターの早川聞多教授は、春画は「読んで楽しむもの」でもあると言う。
 師宣らが活躍した初期は、上部に小話風の状況説明(詞書〈ことばがき〉)がある程度だが、春信らの時代には人物の脇にセリフ(書入れ)が加わる。セリフは歌麿の頃から急増。北斎に至り、余白がびっしり文字で埋まるほどおしゃべりになる。
 男性を熱心に口説く女性。夫婦のたわいない冗談。恋人と思いきや浮気の関係、と分かることも。「絵だけでは表せない、人間関係や情緒をリアルに伝えられる」と早川教授。「落語の『夜の場面』と考えると納得がいきます」
 古典文学や伝統的画題のパロディーを駆使した春画もある。春信の『今様妻鑑』は漢詩の一節を引用し、そこから連想される色事の情景を添えている。詩の心に沿いつつ、いかに性の世界に遊ぶか。知的たくらみの場でもあった。
     *
 春画では、人体が実際には不可能な、奇抜な体勢をとっていることが少なくない。早川教授は、最盛期の春画では、男女ともに顔と性器が鑑賞者から見えるようになっており、それぞれが同等の大きさ、緊密さで描かれていると指摘する。
 一体何のためだろうか・・・

このページのトップに戻る