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社会・メディア
朝日新聞社

グローバルなのにつながれない 分断ばかり目立つ世界のなぜ?

初出:2015年12月6日〜12月10日
WEB新書発売:2016年1月14日
朝日新聞

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 パリ同時多発テロの犯人たちの多くは、遠い異国の外国人ではなく、欧州の中で生まれ育った若者たちだった。第二次大戦後、経済から始まり、政治的にも文化的にも国境を低くし「つながり」を強めてきた欧州で、なぜ「分断」と「憎悪」が強まっているようにみえるのか? 「韓流ブーム」で距離の縮まった感のあった日韓が、冷たい関係に陥ったのはなぜか。「つながり」が逆に「分断」を生むグローバル化の矛盾の根底をえぐるルポ。

◇第1章 越境 多様な欧州、憎悪が分断
◇第2章 記憶 愛国動画、時代映す
◇第3章 継承 慰霊の旅、傘寿超えても
◇第4章 対話 韓流と嫌韓のはざま
◇第5章 夢 豊かさ、峠過ぎた今


第1章 越境 多様な欧州、憎悪が分断

 パリ同時多発テロの8日後。地下鉄が閉鎖され、テロ警戒レベルが最高の「4」に引き上げられた直後のベルギーの首都ブリュッセルに入った。治安当局が「実行犯が潜伏している」とみて捜索を繰り返す現場に近づこうとタクシーに乗った。
 モロッコ系だというベルギー人のタクシー運転手の男性に問われた。「テロリストが潜伏している可能性があるなら、欧米は、なぜブリュッセルやパリを空爆しないんだ?」
 男性の言葉は、そのまま欧州の矛盾を言い当てているように感じた。「テロとの戦争」の矛先は、欧州の外に向けられている。だが、テロ実行犯の多くは、ベルギーやフランスで生まれ育った若者たちだ。
 第2次世界大戦後、欧州は経済的連携を深め、1993年に欧州連合(EU)を設立した。各国は経済発展のため、外国から積極的に労働者を受け入れ、今では、人、モノ、カネが自由に動き回る。戦後70年を経て、日本と近隣の国々の間では緊張が続くが、欧州では「溶ける国境」がもはや比喩ではない。
 タクシーを降りた。テロの首謀者とされるアブデルアミド・アバウド(死亡、当時28)の故郷で、「過激派の巣窟」と名指しされるモランベーク地区。容疑者の父は約40年前にモロッコから移り住み、衣料品店を営んでいた。
 れんが造りのこじゃれた建物が並び、すさんだ街とは言い難い。中流階級の子供らが通うカトリック系の名門中学校で、アバウドは「元々、冗談好きでクラスでも目立つ面白いやつ」(同級生の一人)だったという。だが、盗みを繰り返すようになり、退学処分に。その後、窃盗などで刑務所に服役した。


 過激化する若者の対策に地区で携わるオリビエ・バンデルヘーゲン(38)は言った。「テロは彼らにとって反社会的な行為、『非行』の一つに過ぎなかった。今回のテロは、宗教というより、そもそも自分が何者であるかという若者の意識の崩壊の問題だ」
 モロッコ系住民の多くは、アバウドと同様、ベルギー生まれだ。若年失業率も他の地域より高く4割を超える。モロッコで生活した経験もなく、帰属意識は二国間で宙に浮く。
 仏政府はアバウドを「周りの若者をテロの世界に引きずり込んだカリスマ」と呼んだ。確かに引き起こされた事件は未曽有の惨事だったが、その軌跡からはどの社会にもいる、小さなきっかけで道を踏み外したアウトロー的存在に思えた。従来と違うのは、若者の社会に対する憎しみを絡め取り、テロにつなぐネットワークが欧州にあったということではないか。
 国籍や人種、宗教が多様になれば、あつれきを生みやすい。差別や格差を生む危険もつきまとう。それでも、欧州は国家同士が衝突した第2次大戦の反省から、多様で、寛容な世界を目指すべき「豊かさ」と考え、一定の成功を収めた。試みは日本にとってもモデルの一つだったはずだ。
 現地では疎外感や憎しみを受け止める社会の「豊かさ」が失われ、外からは見透かしづらい深刻な分裂が起きていた。

◎縮む世界、開く心の距離
 多様な文化の共生を掲げてきた欧州で、外からは見えにくい分裂が広がる。何が起きているのか。
 旧オランダ領の南米・スリナムなどからの移民が多いオランダ・アムステルダム南東地区。元区長のマルセル・ラローズ(64)は、地域にかかわるなかで一つのことに気がついた。
 様々な民族や文化集団が同じ地域に住んでいるようにみえるが、「身近」にいるだけでは多様性があるとは言えないのではないか、ということだった。
 自身も約40年前にオランダに来た。移民の文化を尊重する国と感じた。自国の文化伝統への同化を移民に強いるフランスなどとは違っていた。でも「尊重」は無関心に転じやすい。住民同士の間に横たわる「心の距離」を感じた。
 地元の高校の子どもたちに、スマートフォンの通信アプリなどで普段やりとりする相手を聞いた。多くが、離れた場所に住む「同じエスニック(民族)集団の人」と答えた。クラスで机を並べているから、当たり前にやりとりが生まれていたわけではなかった。
 スマホのおかげで、移民やその家族が、インターネットで他の地域にいる「母国」の友人や親族とつながりやすくなった。それ自体は悪いことではないが、ラローズは「技術の発展で世界の距離が縮まったが、異なる文化や民族の人と直面して生きていく必要がなくなった」とみる。
 いま、欧州評議会が2008年から始めた文化の多様性を生かす街づくり政策の相談役として、様々な背景を持った個人が同じ地域社会に参加する意識を育もうとしている。一方、パリ同時多発テロなど「距離」を遠ざける事件も続く。
 欧州ではグローバル化が進むなか、マイノリティー集団への差別意識が高まった。ヘイトクライム(憎悪犯罪)やヘイトスピーチが吹き荒れた1990年代以降、規制を導入・拡大するなど理念の実践にも力を入れてきた。それでも分裂は収まらず、「心の距離」を埋めるのに苦しんでいる・・・

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