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文化・芸能
朝日新聞社

カイコのイノベーション 科学、医学、工業の意外な応用法

初出:2016年1月13日〜1月26日
WEB新書発売:2016年2月12日
朝日新聞

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 世界遺産になった群馬県の富岡製糸場に象徴されるように、シルクは産業近代化の原点だ。カイコは換金性が高く、農家は「御蚕(おかいこ)様」と呼んで丹精込めて育てた。その後産業としては縮小の一途で、シルクの国内消費に占める純国産の割合は1%に満たない。しかし、産地である発展途上国の急速な発展とバイオフューエルへの需要などで、事情は変わりつつある。科学(実験動物として)、医学(バイオ医薬品、再生医療)、工学(蛍光シルク)などへの応用例を紹介し、意外な未来を展望する。

◇第1章 無菌工場でカイコは育つ
◇第2章 衰退が呼んだ起業家魂
◇第3章 たとえ「破壊」と言われても
◇第4章 駅伝チームのように
◇第5章 世界遺産を追い風に
◇第6章 画期的だが、どう使う?
◇第7章 最先端、人工血管に情熱
◇第8章 なぜか組織は再生する
◇第9章 天然のたんぱく質工場
◇第10章 どこまでヒトに近づくか


第1章 無菌工場でカイコは育つ

 英国はヒツジを飼って産業革命を成し遂げたが、日本はさしずめカイコを飼って産業革命と後発資本主義を成功させた――。世界遺産になった群馬県の富岡製糸場に象徴されるように、シルクは産業近代化の原点だ。カイコは換金性が高く、農家は「御蚕(おかいこ)様」と呼んで丹精込めて育てた。
 明治維新から現在までざっと1世紀半。初めの1世紀余りは発展と成熟、残りの半世紀近くが衰退の一途。化繊の普及や輸入拡大、世の和装離れがたたった。今やシルクの国内消費に占める純国産の割合は1%に満たない。国内の養蚕や製糸には高齢化による担い手の消滅が迫る。
 とはいえ往年の主力産業。たとえ滅びの風景でも、何か物語があるだろう。そう思って足を踏み入れると、一面の黄昏(たそがれ)に混じって曙光(しょこう)のようなものも見受けられる。ここまで縮小すると物事は普通とは逆のベクトルで「量は質に転化する」のだろうか。
 古くからの絹織物産地として知られる新潟県十日町市でユニークな業態を創造してきた会社が「きものブレイン」だ。染み抜きや洗濯などの手入れ、預かり保管など着物の厄介ごと万端を引き受ける総合サービスに加え、扱いやすい着物の開発と製造販売などを幅広く展開する。
 その会社が地元でシルク産業を再興すべく、無菌周年養蚕工場の整備に乗り出した。
 農家が行う通常の養蚕ではカイコの餌は主に桑の葉だ。一方、無菌養蚕はクリーンルームの中で殺菌した卵からかえしたカイコを飼う。与えるのは桑葉の粉末などを練って作った人工飼料。養蚕の重労働の大半を占める桑の餌やりが不要になる。


 カイコが孵化(ふか)してから繭を作るまでざっと1カ月のサイクル。通常の養蚕は春から秋まで4回行うのがせいぜいなのに対し、季節に関係なく一年中カイコが飼える。これが無菌周年養蚕、いわゆる養蚕の工場化だ。
 まず年産10トンの試験工場が動き出した。養蚕工場がここまでの規模の最新設備で試されるのは初めてだ。最初の幼虫は繭を作り始めるまでに育っている。3年後に年産100トン規模の量産工場を整備するが、これは全国の年間産出量の3分の2に当たる。
 社長の岡元松男さん(66)を動かすのはシルクの世界的な供給不足への予感だ・・・

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