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経済・雇用
朝日新聞社

バブル対デフレ 本当に怖いのはどちらか? 歴史の教訓を読み解く

初出:2016年1月27日〜2月9日
WEB新書発売:2016年2月25日
朝日新聞

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 バブルとデフレのどちらを体験したかで人生観はかなり変わる。そう言ったら言い過ぎか。少なくともバブル崩壊や経済危機のようなショック体験の有無が世代をも分かつのではないかと思う――。デフレとの戦いを掲げたアベノミクスがその真価を問われつつある中、バブルのまっただ中を経済記者として駆け抜けた筆者が、古今東西のバブルの歴史を振り返りながら、狂奔の経済の本質を読み解くエッセイ。

◇第1章 なんと魅力的で、罪深い
◇第2章 いつも、そこにある熱病
◇第3章 気づいたときは宴のあと
◇第4章 楽観か悲観か、世代の記憶
◇第5章 「華族」にあこがれた
◇第6章 銀座、のし歩く企業円
◇第7章 不動産神話は消えたのか
◇第8章 どこでつぶせば良かったか
◇第9章 中央銀行がまいた種
◇第10章 陶酔は、いつも危機の後に


第1章 なんと魅力的で、罪深い

 バブル。なんと魅惑的で、なんと罪深い現象だろう。踊り楽しんでいる時は誰もがそのとりこになる。しかし宴(うたげ)のあとはとりつかれていた自分を悔い、呪うことになる。
 わが記者人生は、日本経済がこれからバブルに向かおうとする1985年にスタートした。バブル全盛もその崩壊も目の当たりにした。後遺症である金融危機や長期停滞の時代も取材してきた。
 ただこれまでバブルそのものを取材テーマにしたことはない。過去の出来事だったし二度とそんな時代はやってこないと思っていた。
 ところが最近バブルについて考えることが多くなった。安倍政権の経済政策「アベノミクス」とは、政策によってバブルを起こそうとする試みではないかと思えるからだ。
 第2次安倍政権が発足した2012年12月、私は朝日新聞に「高成長の幻を追うな」という趣旨のアベノミクス批判記事を書いた。成長のない時代に無理して成長を追い求めれば、必ずあとで反動がくる。人為的にバブルをつくるような政策は邪道だ。


 だがバブルには人々を魅惑する恐ろしい磁力もある。
 その記事に対してインターネット上には大量の批判意見があふれた。書き込んだのは、超金融緩和でインフレを意図的に起こすべきだという「リフレ派」と呼ばれる論者たちである。公開シンポジウムでリフレ論者から面と向かって批判されたこともある。
 いまも私は反対だ。リフレ政策とは結局、市場にバブル状態をつくって、人々を消費や投資に駆り立て踊らせようという試みである。バブルは最後には破裂する。巨大に膨らませれば、それだけ破裂のショックも大きくなる。途中で制御することは難しい。
 ところが、政府や日銀はせっせとバブルづくりを続けてきたように見える。
 たとえば東日本大震災の復興事業もそうだ。政府が5年間に26兆円を投じ、消化しきれないほどの計画を作った。被災地は空前の公共事業ブームとなり、資材や作業員が全国で引っ張りだこになった。
 日銀の異次元緩和はいまも国債バブルをつくっている。金融市場に流し込むお金の量を2倍、3倍に増やし、大量の国債を買い入れる。長期金利を歴史的な低水準に抑え込むために、国債価格を異常な高値につり上げているのだ。
 こうした政策に危険を感じないのか。安倍晋三の経済ブレーンで元日銀審議委員の中原伸之に尋ねると「心配ない」と答えが返ってきた。
 「いまは過去に例がないほど銀行融資に厳しい規制がある。以前に比べ、金融市場でバブルは起きにくくなった。日本経済の体温はまだ低く、今は政策で温めるしかない」
 中原は15年11月下旬、早大教授の若田部昌澄らリフレ派の面々と一緒に官邸を訪れ、安倍と昼食をともにした。アベノミクスの継続と強化を安倍に進言したという。
 政権は「バブル製造装置」を今後もフル稼働し続けるらしい・・・

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