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医療・健康
朝日新聞社

宅老所の日常 「ありのまま」受け止めてくれる場所のありがたさ

初出:2015年12月10日〜12月16日
WEB新書発売:2016年2月18日
朝日新聞

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 「家に帰らないと」と男性が突然、玄関に向かった。スタッフが「奥さんからお昼ごはんを用意するよう言われているから食べていって」と優しく引き留める。男性は「持つべきは良い妻だな」と納得して戻った――千葉県の宅老所「いしいさん家」の利用者の大半は徘徊(はいかい)や暴言、暴力などの傾向があるために他の施設を断られてここに来た認知症のお年寄りだ。介護保険制度導入から15年。理想的な介護とは何か。現場から考える。

◇第1章 介護、振り回されてなんぼ
◇第2章 最期までその人らしく
◇第3章 看取る、家族もスタッフも
◇第4章 向き合って、まるで大家族
◇第5章 生きる意欲再び、この上ない感動


第1章 介護、振り回されてなんぼ

 千葉市花見川区柏井の住宅街にある2階建て一軒家。1階3間続きの和室で認知症の男性(77)が懐メロを口ずさむ。そばでは女性(83)が絵本を広げる。台所で昼食の準備を手伝うお年寄りもいれば、小さな子や支援者のパキスタン人男性(53)も通ってくる。
 代表の石井英寿(ひでかず)さん(40)が運営する宅老所「いしいさん家(ち)」。外見は普通の家だが、通所介護(デイサービス)のほか、介護保険外の自主事業として宿泊も受ける。お年寄りのほとんどが認知症だ。
 歌や体操など定時の日課は決まっていない。
 「家に帰らないと」と先ほどの懐メロの男性が突然、玄関に向かった。スタッフが「奥さんからお昼ごはんを用意するよう言われているから食べていって」と優しく引き留める。男性は「持つべきは良い妻だな」と納得して戻った。
 利用者の大半は徘徊(はいかい)や暴言、暴力などの傾向があるために他の施設を断られてここに来た。
 千葉県船橋市の橋本誠さん(仮名・58)は元電機メーカー社員。若年性アルツハイマー型の認知症だ。要介護1だった5年前から千葉県習志野市にある系列の宅老所「みもみのいしいさん家」に通い、今は最重度の要介護5に進行。会話も難しくなった。
 じっとしていられず、いつも部屋の中をウロウロ。最近は暴言や手も出るように。石井さんは一緒に外に出たり、別室に行ったり、とことん付き合う。
 先日、「事件」があった。橋本さんが妻(54)と歩いている時、暴力的な行為が巡回中の警察官に目撃され、警察署に連れて行かれた。石井さんが署に駆けつけ、普段の生活ぶりを説明。解放にこぎ着けた。「ここまで親身になってもらえる所はないのでは」と妻は言う。
 介護をどう快く受けてもらうかにも、知恵を絞る。
 徘徊が激しかった60代男性については、かつて警備員だったと家族から聞き、施設内の巡回を再現しているのだと気が付いた。そこで「表を通る人を数えてくれませんか」と頼んでみた。男性は応諾、徘徊も治まったという。その後、「いしいさん家工務店」と胸に刺繡(ししゅう)をした作業着を作り、外に出たがる人に着てもらい、清掃作業などの「仕事」を介護に採り入れた。
 どうしても入浴を拒む認知症の男性(79)には、石井さんが白衣を着て「私は医師です」と登場し、「血圧を測りましょうか」と聴診器をあてる。衣類を脱がしながら「もう入りましょうか」と一緒に入浴を誘った。
 また、車から降りたがらない元証券会社員の男性(74)には「この書類にサインをして」と説得すると、すんなり降りた。
 「今の姿だけをみていても良い関わりが持てない」と石井さん。普段の会話からどんな人だったのかを想像する。しつこく話しかけあきらめない。するとだんだん態度も柔らかに。「介護は振り回されてなんぼ・・・

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