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政治・国際
朝日新聞社

蔡英文半生記 生まれ育ちから頂点に立つまで

初出:2016年5月29日〜6月21日
WEB新書発売:2016年7月7日
朝日新聞

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 台湾で2016年5月20日、民進党主席の蔡英文(ツァイインウェン)氏が総統の座に就いた。政治とは無縁の環境で生まれ育った蔡氏が、台湾を率いるに至るまでをたどる。

◇第1章 新総統の涙、革命家との絆
◇第2章 厳格な父と複雑な家庭
◇第3章 内向きさと反逆心と
◇第4章 米留学で「台湾」意識
◇第5章 英国仕込みの交渉力
◇第6章 「圧力」への対処法
◇第7章 対中実務、豊かな経験
◇第8章 対中舞台裏の駆け引き
◇第9章 中台、「二国論」の重し
◇第10章 地位強化の研究棚上げ
◇第11章 「逃げ道残す」父の教え
◇第12章 「小三通」腹探り合い
◇第13章 危機の民進、新しい風
◇第14章 主席の仕事、経費削減
◇第15章 派閥に無縁、逆手に
◇第16章 選挙重ね「戦闘力」回復
◇第17章 初挑戦の失敗を糧に
◇第18章 決断力磨いた地方回り
◇第19章 学生運動、民進の力に
◇第20章 「謙虚」…政権安定の鍵


第1章 新総統の涙、革命家との絆

引き継がれる「独立」精神
 喜怒哀楽を見せず、いつも冷静。台湾の新総統、蔡英文(ツァイインウェン)(59)はそう評される。2012年1月、前回総統選で敗れた夜も、悲嘆に暮れる支持者を前に柔らかな笑顔を見せながら敗戦の弁を述べた。


 その蔡が、人前で涙ぐんだことがある。
 総統選投開票日前夜の16年1月15日、台北市の総統府前であった最後の選挙集会。雨の中、ステージ前の最前列に「永遠の革命家」と呼ばれる史明(97)が姿を見せた。演説を終えた蔡は壇上からかがみ込むように史明に手を振った。
 「あのときは涙がこぼれ落ちそうだった」。側近の一人はそう振り返る。
 蔡の心を揺さぶった史明とは何者か。


 本名・施朝暉。日本統治時代の1918年に台北に生まれた史明は、早稲田大学に学んでマルクス主義に触れ、左派の立場から台湾の独立を追い求めた。
 その人生は壮絶だ。大学卒業後の42年9月、日本統治からの台湾の解放を目指し、中国に渡って共産党の「抗日戦争」に合流した。だが、共産党支配地で見たのは理想とほど遠い世界だった。人がなぶり殺されるのも見た。「天国どころか生き地獄だった」
 49年5月に中国を脱出して台湾へ。共産党に大陸を追い出される国民党政権が台湾人を厳しく統治していた。またも、台湾人の主体性がないがしろにされている。そう考え、蒋介石総統の暗殺を企てるが果たせず、日本へ亡命する。
 池袋で中華料理店を営み、その売り上げをもとに台湾独立運動を支援。武装闘争も辞さない激しい立場で、「あの頃は台湾から人を連れてきて、店の5階で爆弾を作っていたんだ」と史明は明かす。
 一方で、台湾人の立場から台湾の歴史を書いた初めての書とされる「台湾人四百年史」を執筆し、62年に出版。この本は言論統制下の台湾にひそかに持ち込まれ、国民党統治を正当化する教育を受けてきた台湾人に大きな衝撃を与えた。
 「内乱罪」で手配された最後の一人になった史明は93年、ひそかに台湾に戻った。結局逮捕されたが、李登輝政権下で民主化が進んでおり、不起訴となる。その後も台湾の主体性を訴える活動を続け、台湾本土意識が高まった近年は若者らから多くの敬意を集める。
 蔡が史明に初めて会ったのは09年。東京で体調を崩した史明が危険な状態に陥ったと聞き、駆け付けたのだ。謝意を伝える史明に、前年に独立志向の強い民進党の主席に就いていた蔡はこう返した。「台湾人として、感謝しなければいけないのは私の方です」
 以来、史明はたびたび蔡のもとを訪れ、台湾のあるべき姿を語り合うようになった。蔡は史明を「非常に実務的な理想主義者」と評し、今では旧正月に蔡の自宅に招くほどだ。
 当選の夜、蔡は集まった支持者を前に、史明の名をあげてこう語った。「おじさんの言いたいことは分かっている。台湾の総統は気骨を持ち、強靱(きょうじん)でなければならないと。台湾の苦境を前に私は絶対に屈しない・・・

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