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朝日新聞社

お父さん、運転やめて! 認知症の親から車を取り上げる日

初出:2016年7月24日〜8月14日
WEB新書発売:2016年8月25日
朝日新聞

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「危ないから免許を返納しようよ」 三重県の主婦(54)は、70代後半の父親と向き合い、何度も説得しました。認知症と診断された後も、父親は毎日のように軽トラックで趣味の畑に出かけていました。「いい加減にしろ」と父親の首に手をかけるところまで精神的に追い詰められました。そんな「闘い」は半年後、父親が施設に入居するまで続きました――。65歳以上の認知症の人は、2025年には約700万人、高齢者の5人に1人がなると推計されています。「認知症と運転」は、ドライバーとして、家族として、誰もが当事者になりうる切実な問題です。朝日新聞デジタルのアンケートから、この難しい課題とのつきあい方を考えてみます。

◇第1章 家族の思い
◇第2章 当事者の思い
◇第3章 道路交通法
◇第4章 どうすれば


第1章 家族の思い


◎車は必要 でも危ない
 朝日新聞デジタルのアンケートには、認知症と診断された家族や自らの体験などを踏まえた、様々な意見が寄せられています。
     ◇
●「主人の父に運転をやめてもらいました。主治医の協力を得て説得には2年かかりました。車の運転が唯一の趣味でしたし、行動範囲も狭まりました。酷なことをしたとも思いますが、運転は限界で、事故をいつ起こしてもおかしくない状態でしたので、第三者にご迷惑をかけるよりは良かったと思います」

(千葉県・50代女性)


●「認知症と診断を受けた実父の自動車運転を止めることができず、心配です。主治医の先生とも相談しているのですが、強制的に免許を取り上げても、無免許で運転する可能性を指摘され困っています。比較的小さな規模の事故を頻発しており、すでに赤信号はともっています。歩いて行ける範囲にあった商店やスーパーも潰れてしまい、自動車の必要性も痛いほど理解するだけに、頭が痛い問題です。実父は81歳、78歳になる母との2人暮らしです」

(兵庫県・50代男性)


●「他人の命や、他人の大切な人の命を考えた時、迷う余地のないことだと思う。交通の便が悪いとか、趣味だとかは、自己中心的な欲だと思う」

(岩手県・40代女性)


●「道路を逆走して事故を起こしたニュースを見ると、すぐにでも運転をやめてもらいたい。と思う半面、地方では車が無くては生活出来ません。近くにスーパーもなく、路線バスの本数も減り続け、夜になるとタクシーもありません。病院も近くにありません。認知症と多少の自覚があっても家族で運転の出来る人がいなければ、最小限の運転はしなければ生活していけないと思います。ただ免許証を取り上げて済む問題ではないと思います」

(千葉県・60代男性)


●「84歳父、79歳母が7〜8年前から認知症になりました。買い物や通院に不便な場所に住んでおり車は必要なものでした。あるとき午後母を病院に連れていくと、父の運転で午前中病院へ来ていたのです。それを2人とも覚えていなくて……私は頭の中が真っ白になりました。この件があって認知症で診てもらっていた主治医に車をやめるように話してもらい父は『運転やめる』と言いました。気が変わると大変なのでその日のうちにディーラーに電話し車を引きとってもらいました」

(埼玉県・50代女性)


◎免許返納、一律やめて
●「前頭側頭葉変性症と診断されました。家族の希望で運転をやめさせられましたが、認知症というだけで危険と判断されるのは納得出来ません。更新時に危険かどうか判断するシステムを作る必要があります。危険と判断されれば免許証の返納もやむを得ないと思いますが、まだ大丈夫と判断されれば運転を認めるべきです。私より危険な運転と思われる高齢者はたくさんいます」

(神奈川県・60代男性)


●「認知症の種類と程度により、失われる機能や能力に大きな差があります。能力主義で考えるべきです。一定水準をクリアできることが条件です」

(北海道・30代男性)


●「車を運転して自分でどこへでも行くことができるのは素晴らしいことです。しかし一生、免許を持たず、あるいは持っていても運転せず生きている人もいるのですから、車がなくても生きていけると考えることにしています。今は90歳の母親(認知症あり)の運転手をしています」

(兵庫県・60代女性)




◎怒る本人 難しい説得
 人を事故に巻き込んだら――。認知症とわかった後もハンドルを手放さない身内について、苦悩する人は少なくありません。2人の女性に体験を聞きました。
     ◇
 「危ないから免許を返納しようよ」
 三重県の主婦(54)は、70代後半の父親と向き合い、何度も説得しました。3年前のことです。母親はすでに亡く、父親と同居していた弟が「よそ様を巻き込んだらどうするのか」と詰め寄りました。
 認知症と診断された後も、父親は毎日のように軽トラックで趣味の畑に出かけていました。弟と2人で説得すると、父親はその場では「そうだな」と納得した様子をみせます。ところが一晩寝ると前日の話を忘れ、「車がなかったらどうやって生活するんや」と怒り出します。そんなやりとりの繰り返しでした。「父の言葉のどこまでが病気の影響かわからず、混乱しました」
 弟はいらだち、「いい加減にしろ」と父親の首に手をかけるところまで精神的に追い詰められました。そんな「闘い」は半年後、父親が施設に入居するまで続きました。亡くなるまで「俺の車、どこに置いた?」と言い続けていたそうです。
 兵庫県の主婦(52)の80代の義父は2013年春、アルツハイマー病と診断されました。しかし、近所に住む義父はその後半年ほど、軽自動車で買い物や通院を続けました。
 車体にこすった傷が目立つようになり、近所の人から「運転が下手になってるよ」と忠告されました。義父の長男である夫が運転をやめるよう説得しても、「若い人のほうがよほど危ない」と拒否されました。
 行動のきっかけは「もし事故を起こしたらあなたたちの責任になるよ」という友人の一言でした。
 ある日、つけっぱなしのライトを消すと言って義父からキーを預かりました。翌日、知り合いの自動車販売店に事情を話し、軽自動車を義父に黙って売却しました。胸は痛みましたが、緊急対応なのだと腹をくくりました。
 気づいた義父の怒りはすさまじかったそうです。「お父さん、運転に自信なくしたから車を売ってって言うたやないの」とウソをつきましたが、電話で「明日、殺しにいったるからな」と怒鳴られたそうです。数日間は玄関に鍵をかけて顔をあわさないようにしました。
 1週間ほど過ぎると、義父は車を売却したことを忘れ、「わしの車はどないなっとるんや」と周囲に尋ねるように。売却代金はその後、さりげなく義父に渡しました。
 「説得は難しく、事故を防ぐにはあれしか方法はなかった」。女性は今もそう考えています。

◎25年には5人に1人 誰もが当事者に
 65歳以上の認知症の人は、2025年には約700万人、高齢者の5人に1人になると推計されています。「認知症と運転」は、ドライバーとして、家族として、誰もが当事者になりうる切実な問題です。
 道路交通法では、認知症とわかった人は免許取り消し・停止の対象です。自主的に免許を返納する仕組みもあります。しかし実際には、認知症とわかっても運転を続ける人が少なくありません。本人が運転中止を強く拒めば対応は難しいのです。
 背景には、公共交通機関の乏しい地方でとりわけ「車なしでは生活できない」という実態があります。また、車は高齢者の生きがいや尊厳に結びついてもいます。
 15年6月に道路交通法が改正され、認知症対策が強化されました。いま75歳以上のドライバーは、3年に1度の免許更新時に記憶力などを調べる認知機能検査を受けます。改正により、特定の違反をした時も検査が義務づけられるなど、チェックが厳しくなります。ただ、こうした法規制に関して、特定の病名をあげ免許を制限するのは差別だという批判もあります。
 わたしたちはどう考え、対処していけばいいのか。安全優先は言うまでもありません。運転を巡る議論が、認知症の人への偏見に結びついたり、孤立化につながったりすることも避けなければなりません・・・

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