社会・メディア
朝日新聞社

妻へ、家出恨まぬ帰っておいで すれ違う男女の肖像〜ひと恋しい季節に

初出:朝日新聞1996年12月16日~12月26日
WEB新書発売:2017年1月26日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 二年前のちょうど今ごろ、君は日本に来た。ところが二十四日後、君は家族が病気だと言って、上海に帰ってしまった。買ってあげた二百数十万円の指輪やネックレスと一緒に――。中国人妻に逃げられた四十男、ホストクラブにはまる女子大生、ミュージシャンに夢を見たイメクラ嬢、パソコン通信で不倫に励む男、「おとなの男を二度泣かせた経験」が入会条件の「悪女会」……1996年末、大阪、京都、神戸などを舞台に、行き逢いすれ違う男女の群像を描いた、朝日新聞大阪版連載「ひと恋しい季節に」を電子書籍化しました。

◇第1章 妻へ――家出恨まぬ、帰っておいで
◇第2章 ホスト――付き合わない、友達でいい
◇第3章 独身――強がってもぬくもり欲しい
◇第4章 イメージ――個室の内外、素顔はどこ
◇第5章 ゲイ――くよくよした自分恥じた
◇第6章 電子不倫――見えぬ気軽さ、話弾んで
◇第7章 悪女――男惑わす妖しい魅力秘めて
◇第8章 結婚――家の中で笑うようになった


第1章 妻へ――家出恨まぬ、帰っておいで

 妻へ。
 大阪のアパートにいます。二年前のちょうど今ごろ、君は日本に来た。真っ赤なコートを着ていたよね。
 空港で、わたしが片言の中国語で話をしている姿を見て、わたしの両親はほっとしたそうだ。それまでに何度か見合いをしたけど、縁がなかった。三年前、「中国人なら」と紹介された君は、瞳(ひとみ)が大きくて魅力的だった。わたしは四十歳、君は二十八歳。挙式は半年後、上海だった。
 ところが、来日して2DKのアパートに着いたとたん、君の顔はくもってしまった。
 「ぜいたくができると思ったのに」。君は筆談で訴えた。
 工場は年末の休みに入っていた。一緒に買い物や料理をしたのは、なんとか日本に慣れてもらおうと思ったからだった。ところが二十四日後、君は家族が病気だといって、上海に帰ってしまった。買ってあげた二百数十万円分の指輪やネックレスと一緒に。
 「交通事故を起こしたから三十五万円送ってほしい」。そんな手紙が届き、「事故証明を送れ」と返事をしたら、それ以後連絡は途絶えた。
 半年たって、君は戻ってきた。在留期間の更新のためだ。左の薬指の指輪はなくなっていた。
 「お金を送ってくれないから、換金した」という。
 しばらくしていなくなったときには、部屋にあった三十万円がなかった。
    ◇
 さすがに潮時かと思った。この結婚に一千万円近くつぎ込んでいたんだ。さらに半年後に戻ってきたとき、離婚を切り出した。君は首を横に振って、出て行ってしまった。
 今度は上海には戻らなかったんだ。月に一度ぐらいアパートに帰ってくるようになった。「中国人留学生と一緒に働いている」といった。でも、どこで、だれと何をしているのかわからなかった。
 君に最後のチャンスを与えるつもりで、今年六月、わたしは、いった。
 「生活費は援助する。その留学生と暮らしなさい」
 お互いに相手をよく知らずに結婚したんだ。日本に抱いていたあこがれと現実の差もショックだったんだろう。恨むのは間違いだろうと思ったからだ。
 それで、わだかまりがなくなったのかもしれない。二カ月ほどして、君は週に一度だけ帰ってくるようになった。
    ◇
 「タノシイ」
 「シアワセ」
 一緒に食事をするときなど、君の口からそんな言葉が聞こえるようになった。
 「家から通える職を探す。結婚指輪を買い戻したい」
 そうもいってくれる。
 わたしたちは結婚と恋愛の順序が逆だったのかもしれない。君が、ふだんどこにいるのか、もう聞こうとは思わない。
 いつでも帰っておいで。
    ◇
 九六年暮れの男と女の話を、もう少し続けます・・・

購入する

この記事の続きは、WEB新書でお読みいただけます。

妻へ、家出恨まぬ帰っておいで すれ違う男女の肖像〜ひと恋しい季節に
216円(税込)

二年前のちょうど今ごろ、君は日本に来た。ところが二十四日後、君は家族が病気だと言って、上海に帰ってしまった。買ってあげた二百数十万円の指輪やネックレスと一緒に――。中国人妻に逃げられた四十男、ホストクラブにはまる女子大生、ミュージシャンに夢を見たイメクラ嬢、パソコン通信で不倫に励む男、「おとなの男を二度泣かせた経験」が入会条件の「悪女会」……1996年末、大阪、京都、神戸などを舞台に、行き逢いすれ違う男女の群像を描いた、朝日新聞大阪版連載「ひと恋しい季節に」を電子書籍化しました。(1996年12月16日~12月26日、8700字)

    スマートフォン、タブレットでも読めます。

    Facebookでのコメント

    このページのトップに戻る