社会・メディア
朝日新聞社

天皇陛下の孤独な闘い 順風満帆ではなかった平成

2017年02月09日
(5100文字)
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 1975年夏。皇太子時代の天皇陛下は、本土復帰まもない沖縄県を訪れた。事件は「ひめゆりの塔」で起きた。破裂音、そして炎。過激派が火炎瓶を投げたのだった。その夜、陛下は談話を公表した。「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく……」。生前退位の思いがにじむビデオメッセージの公表もあり、天皇制をめぐる議論が盛んだ。庶民には遠い存在である反面、その人柄が国民に広く愛されている天皇陛下。しかし、これまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。

◇第1章 理想/模索した皇太子時代
◇第2章 島へ施設へ/ふれあい求め
◇第3章 被災地へ/同じ目線で


第1章 理想/模索した皇太子時代


◎「心寄せる」何度も沖縄訪問
 非常食の箱詰め作業をする障害者に歩み寄り、笑みを浮かべ、声をかけた。「仕事、疲れませんか」「困ることはありませんか」。2016年12月6日。天皇陛下は皇后さまと障害者が働く福祉工場(東京都葛飾区)を訪れた。約20分間、作業する一人ひとりのもとを、くまなく回った。



 毎年この時期、福祉関連の施設に足を運んでいることはあまり知られていない。「日本の物づくりを支える人たちを激励したい」と中小企業にも毎年のように訪れ、従業員食堂でカレーライスを食べながら話を聞いたこともある。
 このほか、こどもの日にちなんでは児童施設などに、敬老の日にちなんでは高齢者福祉施設などに、長く訪問を続けてきた。
 即位から28年。天皇陛下は「国民と共に」の姿勢を機会あるごとに示してきた。各地で歓迎を受け、「平成流」は定着した感がある。だが、その道のりは順風満帆ではなかった・・・

続きを読む

この記事の続きは、WEB新書でお読みいただけます。

天皇陛下の孤独な闘い 順風満帆ではなかった平成
216円(税込)

1975年夏。皇太子時代の天皇陛下は、本土復帰まもない沖縄県を訪れた。事件は「ひめゆりの塔」で起きた。破裂音、そして炎。過激派が火炎瓶を投げたのだった。その夜、陛下は談話を公表した。「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく……」。生前退位の思いがにじむビデオメッセージの公表もあり、天皇制をめぐる議論が盛んだ。庶民には遠い存在である反面、その人柄が国民に広く愛されている天皇陛下。しかし、これまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。(2016年12月18日〜12月20日、5100字)

    ビューアで読む

    スマートフォン、iPadでも読めますこの商品のアドレスをメールで送る

    Facebookでのコメント

    ご利用上の注意

    • WEB新書は、インターネットにつないだパソコン、iPhoneなどのスマートフォンやiPadなどインターネットブラウザを搭載した情報端末からの閲覧に対応しています。携帯電話からの閲覧には対応していません。
    • WEB新書は、著作権保護のためパソコンのローカル環境への保存はできない仕様となっています。あらかじめご了承ください。
    • WEB新書の購読には指定の料金が必要です。料金は商品のご購読時に1回発生します。ご購読後は何度でも繰り返しご覧いただけます。商品の閲覧権は1年間保証されます。ただし、著作権者や出版社などの事情により、販売停止や閲覧停止になる場合があります。
    • WEB新書の料金のお支払いはクレジットカードでの決済となります。朝日新聞社が提供する課金・認証サービス「朝日ID」への会員登録および、購読手続きが必要です。
    • WEB新書の購読に伴う取引は、「朝日ID」を運営する朝日新聞社とお客様との間のお取引になります。
    • 購読手続きが完了した商品は、商品の記事を全文閲覧することができます。購読期間中は「マイWEB新書」に保存され、何度でも閲覧することができます。マイWEB新書へのアクセスおよび、商品の閲覧には「朝日ID」へのログインが必要です。
    • WEB新書のサービスの内容や購入手続きに関して不明な点は、こちらの問い合わせ窓口よりお願いいたします。

    このページのトップに戻る