社会・メディア
朝日新聞社

天皇陛下の孤独な闘い 順風満帆ではなかった平成

初出:朝日新聞2016年12月18日〜12月20日
WEB新書発売:2017年2月9日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 1975年夏。皇太子時代の天皇陛下は、本土復帰まもない沖縄県を訪れた。事件は「ひめゆりの塔」で起きた。破裂音、そして炎。過激派が火炎瓶を投げたのだった。その夜、陛下は談話を公表した。「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく……」。生前退位の思いがにじむビデオメッセージの公表もあり、天皇制をめぐる議論が盛んだ。庶民には遠い存在である反面、その人柄が国民に広く愛されている天皇陛下。しかし、これまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。

◇第1章 理想/模索した皇太子時代
◇第2章 島へ施設へ/ふれあい求め
◇第3章 被災地へ/同じ目線で


第1章 理想/模索した皇太子時代


◎「心寄せる」何度も沖縄訪問
 非常食の箱詰め作業をする障害者に歩み寄り、笑みを浮かべ、声をかけた。「仕事、疲れませんか」「困ることはありませんか」。2016年12月6日。天皇陛下は皇后さまと障害者が働く福祉工場(東京都葛飾区)を訪れた。約20分間、作業する一人ひとりのもとを、くまなく回った。



 毎年この時期、福祉関連の施設に足を運んでいることはあまり知られていない。「日本の物づくりを支える人たちを激励したい」と中小企業にも毎年のように訪れ、従業員食堂でカレーライスを食べながら話を聞いたこともある。
 このほか、こどもの日にちなんでは児童施設などに、敬老の日にちなんでは高齢者福祉施設などに、長く訪問を続けてきた。
 即位から28年。天皇陛下は「国民と共に」の姿勢を機会あるごとに示してきた。各地で歓迎を受け、「平成流」は定着した感がある。だが、その道のりは順風満帆ではなかった・・・

購入する

この記事の続きは、WEB新書でお読みいただけます。

天皇陛下の孤独な闘い 順風満帆ではなかった平成
216円(税込)

1975年夏。皇太子時代の天皇陛下は、本土復帰まもない沖縄県を訪れた。事件は「ひめゆりの塔」で起きた。破裂音、そして炎。過激派が火炎瓶を投げたのだった。その夜、陛下は談話を公表した。「払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく……」。生前退位の思いがにじむビデオメッセージの公表もあり、天皇制をめぐる議論が盛んだ。庶民には遠い存在である反面、その人柄が国民に広く愛されている天皇陛下。しかし、これまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。(2016年12月18日〜12月20日、5100字)

    スマートフォン、タブレットでも読めます。

    Facebookでのコメント

    このページのトップに戻る