世相・風俗
朝日新聞社

夫婦の限界 不妊・中絶・離婚…耐えられなかった二人の言い分

初出:朝日新聞2002年4月14日〜5月21日
WEB新書発売:2017年2月16日
朝日新聞

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助手席に座った夫に、妊娠を打ち明けた。「おれの子か」「あなたの子じゃなかったらだれの子よ」。夫の運転で産院に行き、3回めの中絶をした。「お願いだから、もう解放してください」。結婚19年目だった――。不妊、中絶、育児の悩み。さまざまな理由から危機に陥った3組の夫婦を別々に取材、お互いの言い分を聞きました。2002年連載「つないだ手は 夫婦になって 不妊/離婚/再婚」の電子書籍化。


第1章 〈不妊〉妻から

 おもちゃのバギーに乗った双子の男の子が、笑いかける。頭に初節句のカブトを乗せて赤ちゃんは泣いていた。可愛い子どもたちが、私(38)に迫ってきた。
 29歳から2年半、不妊治療に通った関西地方の病院。待合室の壁一面に、突然50枚ほどの写真が張り出された。
 「やめたい。やめたい。やめたい」
 心も体もボロボロになっていたのに、夫(38)にずっと言えなかった。
 「子どもを持てない女と周りに見られたくない」。そんな思いがいつも邪魔をした。
 写真の子どもたちが悪魔に見えた。自分が嫌になった。
 32歳の夏。
 仕事から帰った夫に、思いきって切り出した。
 「もう病院にはいかない。しばらく休んで、それでも子どもができなかったら、また始める」
 「夫婦二人の生活もいいじゃないか」

    ◇
 高校時代の親友を通じて知り合った夫と、交際を始めたのは26歳の時。その2年前に父を突然に亡くし、家族の柱を失った中で、男気のある堂々とした態度に強くひかれた。2年後に結婚した。
 1年ほどして妹も結婚。すぐに子どもができたことが、不妊治療を始めたきっかけだ。あと半年で30歳という年齢も意識した。
 検査をすると、二人とも不妊の原因は見当たらない。
 「すぐにできるだろう」。初めは軽い気持ちだった。
 医師から人工授精をすすめられたが、抵抗感があった。
 「人工授精でできた子と思うのは嫌でしょう」
 「そうやなぁ」
 居間のソファでくつろぐ夫は、つぶやくように言った。
 「子どもは夫婦の愛情のあかし。コウノトリが運んでくるもの」。そう思いたかった。だから、病院で人工授精の治療をうけた夜には必ずセックスをする。「創造物」ではなく「授かりもの」にするために。それは出口の見えないトンネルの入り口だった。・・・

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夫婦の限界 不妊・中絶・離婚…耐えられなかった二人の言い分
216円(税込)

助手席に座った夫に、妊娠を打ち明けた。「おれの子か」「あなたの子じゃなかったらだれの子よ」。夫の運転で産院に行き、3回めの中絶をした。「お願いだから、もう解放してください」。結婚19年目だった――。不妊、中絶、育児の悩み。さまざまな理由から危機に陥った3組の夫婦を別々に取材、お互いの言い分を聞きました。2002年連載「つないだ手は 夫婦になって 不妊/離婚/再婚」の電子書籍化。(2002年4月14日〜5月21日、9400字)

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