文化・芸能
朝日新聞社

那覇より台北が近い 八重山の海の物語

初出:朝日新聞2016年11月22日〜11月29日
WEB新書発売:2017年3月16日
朝日新聞

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 沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島など)から台湾は目と鼻の先。東京はもちろん、沖縄本島よりはるかに近い。おみやげとして人気のパイナップルも、観光客らに話題の水牛も、台湾の人たちが持ち込んだもの、とされる。最近は台湾からの観光客で大にぎわいだ。海の美しさは世界一級。台湾北部から南部に行くより便利で、「先進国」のリゾートの雰囲気も好まれるらしい。だが、戦争の傷痕はいまだに残り、交通の便など課題も多い。

◇第1章 パイナップルと水牛と台湾と
◇第2章 密林にひそむ「圧制炭坑」
◇第3章 4分戻って、越境の実感
◇第4章 雨の街、ウミンチュの記憶
◇第5章 媽祖が見つめる引き揚げの海


第1章 パイナップルと水牛と台湾と

 沖縄・石垣島の山中にある名蔵ダムのほとり。湖面を背に「台湾農業者入植顕頌(けんしょう)碑」と彫られた碑が立っている。寄り添うように水牛の像も。
 碑の右隣には「パイナップル産業と水牛導入の功績を称(たた)える」と題した説明文が日本語と中国語で記されている。
 6月、石垣島はじめ竹富島、西表島などの八重山諸島と台湾をつないで旅する4泊5日のボーダーツーリズム(国境観光)の試行ツアーがあり、同行した。
 地元では八重山を「やいま」と読む。台湾が日本統治下だった戦前、八重山と台湾の間に「国境」はなかった。
 石垣島から台北は277キロ、沖縄本島の那覇より134キロ近い。島の高台には台湾出身の人たちの共同墓地「台湾同郷之公墓」がある。


 島の名産として知られるパインも、観光客に人気の水牛も、戦前に台湾の人たちが持ち込んだものだった。
 ツアーの案内役で、八重山と台湾のつながりを取材してきた元八重山毎日新聞記者、松田良孝(47)が解説する。
 1935(昭和10)年、台湾のパイン業者が農業者約60世帯330人を集め、石垣島の名蔵に入植した。農耕用に水牛30頭を持ち込んだ。
 水牛1頭で人間5、6人分は働くといわれた。島の人たちは手作業が中心。次々と開拓が進むのを見て「島が乗っ取られる」と恐れ、対立やあつれきが生じた。差別的な扱いや傷害事件などもあった。
 戦後も、島のパイン缶工場に「先進地・台湾」から大勢の女性が来て「パイン女工」として働いた。熟練工として尊重されたという。68年には711人に達した。結婚して、島に住んだ人もいた。
 今は、島民にとって台湾系の人たちは「空気のようなもの」という。いるのが当たり前ということだろう。
 とはいえ、うかがい知れない複雑な思いもあるに違いない。台湾出身だということを、今も言わない人や、結婚して何十年たっても相手の親は知らない例もあるという・・・

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那覇より台北が近い 八重山の海の物語
216円(税込)

沖縄・八重山諸島(石垣島・西表島など)から台湾は目と鼻の先。東京はもちろん、沖縄本島よりはるかに近い。おみやげとして人気のパイナップルも、観光客らに話題の水牛も、台湾の人たちが持ち込んだもの、とされる。最近は台湾からの観光客で大にぎわいだ。海の美しさは世界一級。台湾北部から南部に行くより便利で、「先進国」のリゾートの雰囲気も好まれるらしい。だが、戦争の傷痕はいまだに残り、交通の便など課題も多い。(2016年11月22日〜11月29日、6300字)

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