文化・芸能
朝日新聞社

6000キロのキャッチボール 野球が結んだスリランカとの縁

初出:朝日新聞2016年12月26〜29日
WEB新書発売:2017年6月15日
朝日新聞

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 インドの南、赤道近くに位置するスリランカ。ベースボールとバスケットボールの区別もあやふやで、野球とほとんど縁のなかったこの地に、後田剛史郎さんが青年海外協力隊として野球を教えにいったのは2004年から2年間のことだった。野球指導はその後も続き、09年にはアジアカップで念願の銅メダルを取った。そこから生まれた縁のおかげで、野球の審判、留学生、プロ野球の研修生など、宮崎では今、さまざまな分野でスリランカ人が学び、活躍している。白球が結んだスリランカとの縁を紹介する。

◇第1章 野球指導、スリランカと絆/元青年海外協力隊・後田剛史郎さん
◇第2章 磨いたジャッジ、夢舞台経験/国際審判員・ウィジャヤナーヤカさん
◇第3章 スポーツ通じ平和広げる夢/宮大院の留学生・プンチヘーワーさん
◇第4章 プロの指導法、生で見て勉強/広島カープでコーチ研修・ヘワゲさん


第1章 野球指導、スリランカと絆/元青年海外協力隊・後田剛史郎さん

■目輝かせ白球追う アジア「銅」も
 「ベースボール」を「バスケットボール」と勘違いするほど野球の知名度が低いスリランカ。日本から6千キロほど離れたこの地で、青年海外協力隊として2004年から2年間、野球を教えた後田剛史郎さん(38)(宮崎市)が目にしたのは、日本とはまったく違う練習環境だった。
 野球場は一つもなかった。1時間かけて通っていたクリケットやサッカーに使われていたグラウンド。レフトとショートの間には握り拳ほどの穴があり、そこからオオトカゲが出没したこともあった。牛やサソリもたまに現れた。
 野球道具も足りなかった。使われていたのは、ほとんどが日本から寄付されたものだった。中高生20人が円になり、中心に一人が立つ。ビニールひもで補修されたグラブで、放射線状にキャッチボールした。
 後田さんは「素直に話を聞く子たちばかり。環境さえ整えばもっと成長する」とポテンシャルを感じた。目をキラキラさせて白球を追う姿に「本当に野球が好きなんだな」と思った・・・

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6000キロのキャッチボール 野球が結んだスリランカとの縁
216円(税込)

インドの南、赤道近くに位置するスリランカ。ベースボールとバスケットボールの区別もあやふやで、野球とほとんど縁のなかったこの地に、後田剛史郎さんが青年海外協力隊として野球を教えにいったのは2004年から2年間のことだった。野球指導はその後も続き、09年にはアジアカップで念願の銅メダルを取った。そこから生まれた縁のおかげで、野球の審判、留学生、プロ野球の研修生など、宮崎では今、さまざまな分野でスリランカ人が学び、活躍している。白球が結んだスリランカとの縁を紹介する。(2016年12月26〜29日、5300字)

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