世相・風俗
朝日新聞社

両性具有の時代 性の境界線を考える

初出:朝日新聞1993年11月9日〜11日
WEB新書発売:2017年7月13日
朝日新聞

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男らしさ、女らしさとは、どうとらえればいいのだろう。性の境界は、さまざまな場面で、男と女という対立的な形から、はみだし、ずれ、ぼやけてきている――。新しい形を求めて、複雑に変化する性のありようを、小説、映画など先端的な作品をもとに考察した1993年の連載「性の境界考」を電子書籍化しました。

◇第1章 両性具有/流動化した無機的な人間へ
◇第2章 記号としての衣装/女性たちは『異装』の世界に
◇第3章 エロスの行方/複数の性のあり方を意識


第1章 両性具有/流動化した無機的な人間へ

  
◎神話的完全さ空想
 男であり、女でもあるような両性具有(アンドロジーナス)のイメージが1993年、いくつかの小説に現れている。
 大江健三郎氏の長編「燃えあがる緑の木」第一部として発表された「『救い主』が殴られるまで」の語り手サッチャンもそうだ。
 サッチャンは男の子として育つが、十八歳のとき美しい女性に「転換」する。やがて「スバラシイ男トスバラシイ女ガ性交シテイテ、僕ガソコニ迎エイレラレル」ことを夢見ていた男性と結ばれる。相手は村の指導者的存在で、サッチャンは彼を支えるとともに、将来は男としての役割をも果たす可能性をもつ人間として設定されている。
 「僕は現実の村でのできごとに神話的背景を盛り込みたかった。神話世界と現実を語る語り部であり、ヒーローの介添人であり、いろいろなものを媒介する人物としてイメージしたのがアンドロジーナスだった」
 大江氏は神話学者M・エリアーデがインタビューで、子ども時代に見たトカゲの美しさを「女性で両性具有的な」と語り、「完璧(かんぺき)で、優美で、恐ろしさ、残忍さ、微笑、あらゆるものがそこにあった」と回想しているのにヒントを得たという。
 「二十世紀から二十一世紀にかけて、ポジティブな意味で精神の動きとしての神秘主義が大きな意味をもつだろうと考えます。宗教をもつ人も、無宗教の人も、超越的なものにどのように目を開くか、問題になってくる。そのとき僕たち男性にとっては、女性的な媒介者が必要なのです・・・

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両性具有の時代 性の境界線を考える
216円(税込)

男らしさ、女らしさとは、どうとらえればいいのだろう。性の境界は、さまざまな場面で、男と女という対立的な形から、はみだし、ずれ、ぼやけてきている――。新しい形を求めて、複雑に変化する性のありようを、小説、映画など先端的な作品をもとに考察した1993年の連載「性の境界考」を電子書籍化しました。   (1993年11月9日〜11日、6200字)

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