医療・健康
朝日新聞社

透析が自分でできる「腹膜透析」 〜患者を生きる

初出:朝日新聞2017年5月15日〜19日
WEB新書発売:2017年7月27日
朝日新聞

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「では、コーヒー休憩」。自宅に集まったマージャン仲間に笑顔で告げると、吉田さんは寝室に消えた。腎臓の代わりに体内の尿毒素などを排出する腹膜透析の作業のためだ――。がんで二つの腎臓を失った吉田さんにとって、定期的な透析は欠かせない。だが、一般的な血液透析は、病院で長時間過ごす必要があり、行動の自由が制限される。そこで吉田さんが選んだのが「腹膜透析」。自宅で自分でできるため通院の負担が減るし、時間も調整しやすい。リスクもあったが、ゴルフや海外旅行へもでかけられるようになった……。困難を乗り越え、クオリティ・オブ・ライフ向上に取り組んだ患者さんの事例を紹介します。

◇第1章 血液透析の日々に自問
◇第2章 管理大変でも…決意固く
◇第3章 1日4回、自室で作業
◇第4章 海外旅行も楽しんだ
◇第5章 情報編/望む生活に合わせて選択


第1章 血液透析の日々に自問

 福岡県田川市の吉田秀文(よしだひでふみ)さん(66)の左の脇腹からは、直径5ミリの管が出ている。吉田さんの命をつなぐカテーテルだ。
 「では、コーヒー休憩」。2月、自宅に集まったマージャン仲間に笑顔で告げると、吉田さんは寝室に消えた。腎臓の代わりに体内の尿毒素などを排出する腹膜透析の作業のためだ。おなかに入れた透析液をカテーテル経由で取り換え、20分後には再び仲間の所に戻り、マージャンを再開した。
 42歳だった1992年、吉田さんはがんで右の腎臓を摘出した。その後、転移を警戒して精密検査を続けた。最初の5年間は半年ごと。その後は年1回だった。
 異常なく過ぎた14年目、担当医に聞いた。「いつまで検査せんといかんのでしょうか」。担当医は「ご苦労さま。今年で最後にしましょう」と声をかけた。
 ところが、「再発は見られません」と言われて安心して帰宅する途中に携帯電話が鳴った。「もう一度、CTを撮ります」。嫌な予感が走った。再検査で、左の腎臓にがんが見つかった。
 2006年夏、福岡大学病院で左の腎臓の一部を切除する手術を受けた。すべてを摘出しない温存療法のはずだった。だが、残した腎臓からも2ミリの小さな腫瘍(しゅよう)2個が見つかった。結局、左の腎臓すべてを摘出した。「がんが見つかった再検査で、天国から地獄に落ちたのか。それとも命拾いをしたのか」。気持ちは複雑だった。
 腎臓を二つとも失い、尿が出なくなった。透析を受ける日々が始まった。手術後すぐに、内ももに針を刺し、初めて血液透析を受けた。1週間後、今度は左腕のなかに、動脈と静脈をバイパスする「シャント」と呼ばれる管を埋めた。血液透析の出入り口だ。
 1カ月あまり後、地元の田川市立病院に転院し、2週間後に退院した。以来、吉田さんは週3回、市内のクリニックに通い、血液透析が必要になった。
 血液透析では、ベッドに横たわり5時間、腕から血液を抜き出して機械に循環させる。通院を含めるとほぼ1日がかり。体も疲れた。「このまま血液透析に束縛されたままの人生でよいのか」。自問を重ねた・・・

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透析が自分でできる「腹膜透析」 〜患者を生きる
216円(税込)

「では、コーヒー休憩」。自宅に集まったマージャン仲間に笑顔で告げると、吉田さんは寝室に消えた。腎臓の代わりに体内の尿毒素などを排出する腹膜透析の作業のためだ――。がんで二つの腎臓を失った吉田さんにとって、定期的な透析は欠かせない。だが、一般的な血液透析は、病院で長時間過ごす必要があり、行動の自由が制限される。そこで吉田さんが選んだのが「腹膜透析」。自宅で自分でできるため通院の負担が減るし、時間も調整しやすい。リスクもあったが、ゴルフや海外旅行へもでかけられるようになった……。困難を乗り越え、クオリティ・オブ・ライフ向上に取り組んだ患者さんの事例を紹介します。(2017年5月15日〜19日、4700字)

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