文化・芸能
朝日新聞社

エルメスがあれば何もいらない セゾン文化支えたマダム・ツツミの足跡

初出:朝日新聞2016年4月4日〜18日
WEB新書発売:2017年8月10日
朝日新聞

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「邦子さんほど、エレガントで、奔放で、思い切ったことができた人はいないと思います」。女優の岸恵子はいう。1956年に渡仏後、西武百貨店パリ駐在部長やセゾングループ系企業の役員として、40年近くにわたりパリの最先端ファッションを日本に紹介し続けた堤邦子(1928〜97)のことだ。エルメス、イブ・サンローラン、ソニア・リキエル、KENZO……堤邦子が輸入契約を結んだファッションブランドは50を超す。70年代からバブル崩壊前に至るまで隆盛を極めたセゾン文化を片側から支えた「マダム・クニコ」はどんな人物だったのか。現地取材を交えてお伝えします。

◇第1章 兄・清二、妹・邦子とパリ
◇第2章 「流浪の人」が築いたパリ人脈
◇第3章 KENZOを見いだした
◇第4章 イブニングを着て、自分を試す
◇第5章 砂上の客船
◇第6章 二つ目のカジノ
◇第7章 乗っ取りのわな
◇第8章 法廷闘争と、イケメンと
◇第9章 母の死、再び表舞台に
◇第10章 危なっかしく、颯爽と


第1章 兄・清二、妹・邦子とパリ

 2012年の秋、セゾングループの創始者、堤清二(つつみせいじ)(1927〜2013)から、数回にわたって話を聞く機会があった。辻井喬(たかし)のペンネームで数々の詩、小説、評論を残した文化人でもある。
 経営者としての足跡を聞くうち、清二は「暖かくなりましたらね、パリに行きたいと思っています。妹の墓参りをして、画廊を巡って、レストランも」と独り言のように話した。
 パリ、妹、墓地。意外な言葉のつながりだった。
 そのとき、清二は自らの体調の変化に気づいていたのだろうか。後に聞いたところでは、これが最後のインタビューとなり、パリ行きは何度か計画されながら、かなわなかったという。
 辻井の小説や回顧録には、堤家がモデルと思われる、あるいは実在の人々が登場する。清二が墓参を望んだ妹の堤邦子(くにこ)(1928〜97)も、その一人である。
 幾つかの作品では、兄と妹が、封建的な家庭の長として君臨し「御大(おんたい)」と呼ばれた父にあらがう姿が描かれている。自伝的な小説「彷徨(ほうこう)の季節の中で」には「美也はね、甫(はじめ)兄さんだけは味方だと思っているのよ、干渉は御大だけでたくさんだわ、ねえ」という場面がある。
 回顧録「叙情と闘争」には「戦争が終わった時、妹は十七で、女学校を卒業した年でもあった。当然、彼女は進学を希望したが、『女には学問はいらん』という父の頑(かたく)なな一言で前途を阻まれた」と記されている。
 実際の父、康次郎(1889〜1964)は滋賀県選出の衆院議員で、議長も務めた。西武グループを築いた実業家でもある。艶福(えんぷく)家でも知られ、家庭内は複雑だった。西武鉄道を継いだ堤義明は清二氏の異母弟になる。その環境下で、清二と邦子は実の兄妹として育てられた。
 その後、邦子は2度結婚したが、うまくいかずに、2年ほど銀座のバーで働いていたという。それが世のうわさになり、清二の発案から、1956年10月、羽田から空路、パリに向かった。
 邦子には、パリの水が合った。同じ頃、パリに移った女優の岸恵子は「海外旅行が自由でなく、パリの日本人もおどおどしていた。邦子さんほど、エレガントで、奔放で、思い切ったことができた人はいないと思います。私は好きでしたよ」と懐かしむ。岸は、その後も邦子の人生の節目に登場することになる。
 邦子が40年近くにわたり西武百貨店やセゾン系各社の取締役、パリ駐在部長として残したものは大きい。エルメス、イブ・サンローラン、ソニア・リキエル……。輸入契約を結び、日本に紹介したファッションブランドは50を超す・・・

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エルメスがあれば何もいらない セゾン文化支えたマダム・ツツミの足跡
216円(税込)

「邦子さんほど、エレガントで、奔放で、思い切ったことができた人はいないと思います」。女優の岸恵子はいう。1956年に渡仏後、西武百貨店パリ駐在部長やセゾングループ系企業の役員として、40年近くにわたりパリの最先端ファッションを日本に紹介し続けた堤邦子(1928〜97)のことだ。エルメス、イブ・サンローラン、ソニア・リキエル、KENZO……堤邦子が輸入契約を結んだファッションブランドは50を超す。パリ社交界で数少ない日本人として知られ、70年代からバブル崩壊前に至るまで隆盛を極めたセゾン文化を片側から支えた「マダム・クニコ」はどんな人物だったのか。現地取材を交えてお伝えします。(2016年4月4日〜18日、12500字)

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