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朝日新聞社

皇后が手向けた17本のスイセン 天皇・皇后両陛下の被災地訪問史

初出:朝日新聞2017年7月5日〜8月5日
WEB新書発売:2017年8月31日
朝日新聞

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「あのスイセンは、その日の朝、皇居のお堀のそばに咲いていたものを皇后さまが手ずから摘んできてくださったものですよ」(秋篠宮紀子さま)。1995年、阪神・淡路大震災発生で全焼した市場の跡地に赴いた天皇・皇后両陛下は、焼け跡に深く黙礼。皇后陛下は、女官が持参した白い箱から取り出したスイセンの花束を手向けられた――。1955年伊勢湾台風、1995年阪神・淡路大震災、2004年中越地震、2007年中越沖地震……甚大な天災があるたび、天皇陛下は積極的に被災地訪問を続けてこられた。2013年には、熊本県水俣市を訪れ、胎児性水俣病患者とも会っている。天災、人災の分け隔てなく被災者に寄せる天皇・皇后両陛下の思いの原点はどこにあるのか。訪問の軌跡をたどる。

◇第1章 血の叫び
◇第2章 随員は半分
◇第3章 ぼくらだけ
◇第4章 背広に長靴
◇第5章 バス1台に
◇第6章 100日間
◇第7章 現下の急務
◇第8章 がんばって
◇第9章 曇天の校庭
◇第10章 マフラー
◇第11章 スイセン
◇第12章 ヘリポート
◇第13章 皇室に問う
◇第14章 誠に遺憾
◇第15章 カレンダー
◇第16章 ひざが白く
◇第17章 土砂ダム
◇第18章 目で合図
◇第19章 語り部
◇第20章 山百合忌
◇第21章 会いたい
◇第22章 夢を見た
◇第23章 まなざし


第1章 血の叫び

■地元は乗り気でなかった。それでも宮内庁側は重ねて訪問の意向を告げてきた。
 天皇陛下は皇太子時代の1959年10月、伊勢湾台風の被災地を訪れている。当時25歳。4月に結婚した皇太子妃美智子さまは懐妊中で、単身での訪問だった。
 伊勢湾台風は59年9月26日に東海地方を襲い、暴風雨と高潮で愛知、岐阜、三重3県の平野部が泥水につかった。約5千人が死亡・行方不明となり、100万人以上が被災するという甚大な被害が出ていた。
 皇太子明仁さまの列車が国鉄名古屋駅に着いたのは台風来襲8日後の10月4日午前11時25分ごろ。東海道新幹線が64年の東京五輪直前に開通する5年も前。午前7時に出発する特急「第一こだま」で4時間以上かかった。
 月刊誌「日本」59年12月号にルポ「皇太子水害地を行く」が載った。筆者は中部日本新聞(のちの中日新聞)の宮岸栄次(みやぎしえいじ)社会部長。
 「田という田は一面の水びたし。豚やニワトリの死骸が浮き、木ぎれやゴミがただよう中で、収穫期を前にした稲は重く水中に頭(こうべ)を垂れて死んでいた」――。車窓から見えたであろう風景をこう描き、地元の状況について「災害救助法発動下の非常事態であるため、地元では皇太子の視察、お見舞いなどとうてい受け入れられる態勢ではなかった」と指摘した。「さきに天皇ご名代として来名(名古屋来訪)される話があったときにも、すでにおことわりするハラであったし、今度もはじめから乗り気でなかった。十分な準備や警備は、むろんできないばかりか、そのためにさく人手が惜しいほどだったのだ」と。
 それでも宮内庁側は「重ねて来名の意向を告げてきた」という。
 「いま見舞っていただいても、なんのプラスもない。被災者にとっては、救援が唯一のたのみなのだ。マッチ一箱、乾パン一袋こそが必要なのだ、というのが血の叫びであった」とまで書いた。
 皇族が被災地を訪れる前例は、23年の関東大震災で大正天皇の摂政だった裕仁皇太子(のちの昭和天皇)や48年の福井地震での三笠宮などがある。今回の伊勢湾台風被災地訪問は、皇太子明仁さまの強い意欲もあった・・・

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皇后が手向けた17本のスイセン 天皇・皇后両陛下の被災地訪問史
216円(税込)

「あのスイセンは、その日の朝、皇居のお堀のそばに咲いていたものを皇后さまが手ずから摘んできてくださったものですよ」(秋篠宮紀子さま)。1995年、阪神・淡路大震災発生で全焼した市場の跡地に赴いた天皇・皇后両陛下は、焼け跡に深く黙礼。皇后陛下は、女官が持参した白い箱から取り出したスイセンの花束を手向けられた――。1955年伊勢湾台風、1995年阪神・淡路大震災、2004年中越地震、2007年中越沖地震……甚大な天災があるたび、天皇陛下は積極的に被災地訪問を続けてこられた。2013年には、熊本県水俣市を訪れ、胎児性水俣病患者とも会っている。天災、人災の分け隔てなく被災者に寄せる天皇・皇后両陛下の思いの原点はどこにあるのか。訪問の軌跡をたどる。(2017年7月5日〜8月5日、23300字)

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