医療・健康
朝日新聞社

奇跡の移植・小さな肺 「明日死ぬ」はずだった女の子 患者を生きる

初出:朝日新聞2017年8月21〜25日
WEB新書発売:2017年9月7日
朝日新聞

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 その女の子は、生まれてからずっと管をつけたまま、病院のベッドの上で過ごしていた。生まれつきの重い肺の病気。「明日死ぬかも」と言われる日常だった。通常の治療は対症療法しかなく、臓器提供を待っていた。しかし、同じぐらいの小さな子が脳死になって臓器提供するような例は非常に少なく、助かる確率は低いとみられていた。ある時、母親の携帯電話が鳴った。担当医からだった。臓器移植法が施行されたのは1997年。岡山の病院での1歳女児への脳死肺移植を例に、移植について考える。

◇第1章 生まれて初めて、外の世界
◇第2章 不安定な容体、難病と判明
◇第3章 自宅でドナー待つ「覚悟」
◇第4章 体の中に宿る男の子
◇第5章 情報編 臓器提供、滞る体制整備


第1章 生まれて初めて、外の世界

 7月初旬、岡山市は最高気温が34度を超す暑い日だった。JR岡山駅から新幹線に慌ただしく乗り込む家族がいた。
 個室に落ち着くと、父親(52)に抱かれた女の子(1)はぐずりもせず、車窓から見える緑の山々をじっと見つめていた。だが、しばらくすると疲れたのか、眠ってしまった。
 その姿をしげしげと眺める兄(4)に、母親(39)は「初めてだもんねえ」という言葉を何度も口にした。両親、兄、女の子の家族4人。全員そろって過ごすのはこの日が初めてだった。
 「こんな生活感あふれる時間を過ごしたのも初めてだし、お兄ちゃんの大好きな新幹線に、妹と乗るのも初めて。兄妹なのにずっと離れ離れで不憫(ふびん)だった。こうして一緒にいる光景が信じられなくて」
 隅には、部屋の3分の1を占めるほどの荷物が積み重なっていた。スーツケース二つ、ボストンバッグ一つ。紙袋にはおむつやマスク、水が入ったボトル。単なる家族旅行ではなかった。
 女の子はこの日、岡山大学病院(岡山市)を退院し、生まれて初めて外の世界に出た。元いた別の大学病院でしばらく様子を見た後、自宅に帰る予定だった。
    ◇
 生まれつき、酸素と二酸化炭素を交換する肺の組織「肺胞」の毛細血管が極めて細く、酸素を十分に取り込めなかった。「明日死ぬかもしれない」と言われるような重篤な状態を何度も経験していた。生まれてからずっと管につながれながら、病院のベッドの上で約1年半を過ごしてきた・・・

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奇跡の移植・小さな肺 「明日死ぬ」はずだった女の子 患者を生きる
216円(税込)

その女の子は、生まれてからずっと管をつけたまま、病院のベッドの上で過ごしていた。生まれつきの重い肺の病気。「明日死ぬかも」と言われる日常だった。通常の治療は対症療法しかなく、臓器提供を待っていた。しかし、同じぐらいの小さな子が脳死になって臓器提供するような例は非常に少なく、助かる確率は低いとみられていた。ある時、母親の携帯電話が鳴った。担当医からだった。臓器移植法が施行されたのは1997年。岡山の病院での1歳女児への脳死肺移植を例に、移植について考える。(2017年8月21〜25日、5700字)

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