社会・メディア
朝日新聞社

北陸3県酒物語 伝統と革新の酒造りの現場

初出:朝日新聞2017年1月1日〜10日
WEB新書発売:2017年11月23日
朝日新聞

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吉田酒造店(石川県白山市)の専務・吉田泰之の顔、名を一躍世界に広めたのは「The Birth of Sake」というドキュメンタリー映画。米動画配信サイト「ネットフリックス」で公開されると、すさまじい反響を呼んだ。会社に千数以上のメールが届き、フェイスブックには約6千の「いいね」。ほとんどが海外だった――。富山、石川、福井の北陸三県には、実に個性豊かな酒があり、酒蔵があり、それを作り、支え、盛り立てる人々がいる。古さと新しさ、正反対の志向がないまぜとなって織りなす豊かな物語を追います。

◇第1章 「百年酵母」つなぐ夢の蔵/小松の杜氏・西出裕恒さん
◇第2章 働くほど味わい深く/美浜のイタリア人蔵人、ジョヴァンニ・ムニッキさん
◇第3章 心込め、麴に寄り添い/朝日の蔵元杜氏・林秀樹さん
◇第4章 世界かける「sake」 白山の老舗酒造専務・吉田泰之さん
◇第5章 半世紀の熟成、次代へ/砺波の酒蔵でウイスキー製造・稲垣貴彦さん
◇第6章 夫の残した蔵継ぎ奮闘/福井の酒造8代目社長・常山由起子さん
◇第7章 美しい町、醸すものを 富山・岩瀬の酒造店社長、桝田隆一郎さん
◇第8章 米作りからこだわって/永平寺の酒造・7代目社長、吉田由香里さん
◇第9章 ふるさと、異国で発見/ドイツの日本酒バー経営者・向出真由子さん
◇第10章 北陸3県酒模様


第1章 「百年酵母」つなぐ夢の蔵/小松の杜氏・西出裕恒さん

 甘酸っぱくも、香ばしい、チーズのような匂いが漂う。各地で雪が積もった2016年12月中旬、石川県小松市の築100年を超す木造蔵。ぽつんと置かれた200リットルステンレスタンクで、ぽこぽこと酒が沸く。「菌が主役のお酒です。ほぼ、ほったらかし」。西出酒造の蔵元杜氏(とうじ)、西出裕恒(ひろひさ)(34)はいたずらっぽく笑った。
 室町時代に確立した水酛(みずもと)という醸造法で、蔵の天然酵母で自然に発酵させる。まるで蔵の歴史そのもののような一杯が、今季最初のお酒。20日、西出は搾りたてを300ミリリットルの瓶に入れて仏壇に供え、4年前に他界した父・裕一に語りかけた。「今年も無事、できました」
 「春心(はるごころ)」の銘柄を製造販売する西出酒造は1913(大正2)年に創業。1世紀余りの歴史には18年の空白がある。4代目蔵元だった父の代だった96年、経営不振で蔵、経営権ともに知人に譲った。家族4人で近所のアパートに引っ越し、父は金紋酒造と名を変えた蔵に社員として通うようになる。「いつかまた、春心を造りたいな」。そのつぶやきが耳に残った。
    ◇
 西出が酒造りの道に入ったのは2002年2月、19歳の時。大学を中退し、加賀市にある鹿野酒造の面接を受けた。そこで杜氏をしていたのは能登杜氏の「四天王」の一人、農口(のぐち)尚彦だった。一度は断られたが、2日後に蔵に来るように連絡が来た。先に決まった人が2日もたずにやめたからだった。その理由は働き始めてすぐにわかった。
 昼夜問わず、こうじやもろみの温度、湿度管理を徹底する。休みはなく、お酒の出し方、容器の持ち方、洗濯物の干し方まで怒られた。「人ではなく、菌に合わせるんだ」とたたき込まれた。「鬼と呼ばれていた。あの厳しさが僕の基本線になった」。農口のどこまでも妥協なき酒造りに人の出入りは激しかったが、残ったのは情熱あふれた才人ばかり。当時の蔵人は、西出を含めて10人が全国各地の酒蔵で杜氏を務める・・・

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北陸3県酒物語 伝統と革新の酒造りの現場
216円(税込)
  • 著者塩谷耕吾、小川詩織、高億翔、青池学、山田健悟、江向彩也夏
  • 出版社朝日新聞社
  • 出版媒体朝日新聞

吉田酒造店(石川県白山市)の専務・吉田泰之の顔、名を一躍世界に広めたのは「The Birth of Sake」というドキュメンタリー映画。米動画配信サイト「ネットフリックス」で公開されると、すさまじい反響を呼んだ。会社に千数以上のメールが届き、フェイスブックには約6千の「いいね」。ほとんどが海外だった――。富山、石川、福井の北陸三県には、実に個性豊かな酒があり、酒蔵があり、それを作り、支え、盛り立てる人々がいる。古さと新しさ、正反対の志向がないまぜとなって織りなす豊かな物語を追います。(2017年1月1日〜10日、14300字)

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