文化・芸能
朝日新聞社

発禁・伏せ字と闘った石川達三 言論の自由のもろさを知れ

初出:朝日新聞2013年8月27日〜9月6日
WEB新書発売:2017年11月23日
朝日新聞

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「この通りのことを見たのか」。検閲が日常だった時代、警視庁特高部検閲課の警察官が作家・石川達三を取り調べた。石川が「これは小説である」旨答えると、デマを広めたと自供したことにされた。石川が書いた戦争小説は、掲載誌の発禁だけではなく、編集者や作家が裁判にかけられる事態に発展した。政府は、明治時代からじわじわ言論統制を強化してきた。戦争で初めて統制が行われたわけではなかった。

◇第1章 へそまがりの石川達三
◇第2章 「……」で埋めた最後の2行
◇第3章 赤鉛筆で書いた「ウソ」
◇第4章 神楽坂の夜とワイン
◇第5章 ×の下に「同胞の血肉」
◇第6章 妻への遺書「詫びるのみ」
◇第7章 占領下、隠された検閲
◇第8章 芸術ゆがめる力に怒り
◇第9章 作家の抵抗だったのか


第1章 へそまがりの石川達三

 書くことは、禍(わざわい)と隣り合わせだ。どんな「つもり」で書いたとしても、思わぬ波をかぶることがある。さらに「筆禍事件」ともなれば、深刻だ。

〈筆禍〉 著述や発表した記事(論説)の内容が当局の忌諱(きい)に触れて、処罰を受けること。
 「新明解国語辞典」第7版

 このシリーズでは、石川達三という社会派作家のことを語ろうと思う。第1回芥川賞の受賞者。1905年秋田県生まれ。ブラジル移民を描いた「蒼氓(そうぼう)」で、30歳にして芥川賞に選ばれた。85年に東京で死去。
 戦後も、ベストセラーを生み出した。教員の世界に取材した「人間の壁」、金権腐敗政治を描いた「金環蝕」、「青春の蹉跌(さてつ)」や「四十八歳の抵抗」は、映画やドラマになった。
 達三の長男で上智大学名誉教授の旺(さかえ)さん(69)は、最近、こんな色紙を家で見つけた。

 《湯ぶねより雨よと妻に呼ばわりて 板びさし打つ音に聞き入る 達三》

 「世の中にはいろいろな受け取り方をされましたが、豊かで優しい感性を持った男でもありました」。そう語る。
 自筆原稿を見ると、直しが少なく、ぐいぐいと書くタイプ。
 日中戦争のころ中央公論社の特派員となり、南京攻略戦に参加した日本兵を取材。ぐいぐい書いた小説「生きている兵隊」で、筆禍をこうむった。
 〈他の兵も各々(おのおの)……まくった〉などと伏せ字にされたうえ「中央公論」38年3月号に掲載されたが、発禁に。さらに、編集長、発行者とも特高に調べられ、有罪判決まで受けた。
 〈私が知りたいのは?(うそ)もかくしも無い、不道徳と残虐と凶暴さと恐怖とに満ちた戦争の裸の姿〉だったと後に達三は書いた(「経験的小説論」70年)。が、ほんとうのことが当局には都合が悪かった。いまの視点でいえば言論弾圧事件である・・・

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発禁・伏せ字と闘った石川達三 言論の自由のもろさを知れ
216円(税込)

「この通りのことを見たのか」。検閲が日常だった時代、警視庁特高部検閲課の警察官が作家・石川達三を取り調べた。石川が「これは小説である」旨答えると、デマを広めたと自供したことにされた。石川が書いた戦争小説は、掲載誌の発禁だけではなく、編集者や作家が裁判にかけられる事態に発展した。政府は、明治時代からじわじわ言論統制を強化してきた。戦争で初めて統制が行われたわけではなかった。(2013年8月27日〜9月6日、11000字)

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