医療・健康
朝日新聞社

着床前診断の苦悩 ある夫婦の物語 患者を生きる

初出:朝日新聞2017年11月6日〜10日
WEB新書発売:2017年12月7日
朝日新聞

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「着床前診断」という言葉をご存知だろうか。赤ちゃんが生まれる前の診断のうち、受精卵が子宮に着床する前の段階で遺伝子などを調べることで、体外受精が前提になる。異常がない受精卵だけを子宮に戻せる医学上の利点がある。これ以外の「出生前診断」は、診断結果を受け、出産か人工妊娠中絶かという重い選択になる。着床前診断の方が母体の負担が少ないとされるが、「生命の選択だ」「障害者差別につながりかねない」といった批判も強い。着床前診断を受けて女児を授かった東京都内の夫婦を追った

◇第1章 両親に遺伝子の変異
◇第2章 羊水検査を受け出産断念
◇第3章 7歳の長男と突然の別れ
◇第4章 娘に「にいにはお空に」
◇第5章 情報編/実施の可否、個別に審査


第1章 両親に遺伝子の変異

 2004年3月、東京都に住む自動車販売業の平間大輔(ひらまだいすけ)さん(42)と妻恭子(きょうこ)さん(43)に長男大樹(ひろき)君が生まれた。生後間もなく、入院していた公立病院の新生児科医に「滑脳症(かつのうしょう)」と告げられた。
 脳の表層に多数あるひだが少なく、脳神経細胞がうまく発達しないのが滑脳症だ。恭子さんは最初、医師の説明が頭に入らなかった。2回目の説明で大樹君が生涯寝たきりで、話しもできない可能性があると知り、パニックに陥った。「私に育てるのは絶対に無理だ」と思った。泣きながら医師に聞いた。「生まれなかったことにできないですか」
 医師は首を横に振った。「それはできませんよ」
 生後50日ほどで退院した。大樹君を自宅で育てながら、恭子さんは将来への不安が募った。心配した両親に「休んだ方がいい」と勧められ、夫婦で約2週間、米国にいる大輔さんの妹家族を訪ねた。
 「ミルク飲んでるかな」。離れると大樹君が心配になり、帰りたくなった。「頑張ろう」と前向きな気持ちになって帰国した。滑脳症の患者会にも入った。
 ところが、肺炎になって受けた検査がきっかけで、翌05年に大樹君の病気は「福山型筋ジストロフィー」だとわかった。筋肉の働きが徐々に衰え、やがて呼吸や心臓にも問題が生じる遺伝性疾患だ。滑脳症のような病気が合併することも多い。病気の進行を抑える治療法はまだ見つかっていない。
 診断した武蔵病院(東京都小平市、現国立精神・神経医療研究センター病院)の小牧宏文(こまきひろふみ)・筋疾患センター長(52)らから病気の説明を受けた。大輔さんは「遺伝性疾患」と聞いて一瞬、「自分が悪かったのか」と衝撃を受けた。しかし、原因となる遺伝子に変異がある人は「満員電車の1車両に1人はいる」と聞き、珍しいことではないと思った。
 原因遺伝子は筋肉の働きに関係するフクチン。体内には父由来と母由来の1対あり、片方が正常なら問題は無い。平間さん夫妻は2人とも片方のフクチンに変異があった。大樹君は2人から変異がある方のフクチンを受け継いでいた・・・

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着床前診断の苦悩 ある夫婦の物語 患者を生きる
108円(税込)

「着床前診断」という言葉をご存知だろうか。赤ちゃんが生まれる前の診断のうち、受精卵が子宮に着床する前の段階で遺伝子などを調べることで、体外受精が前提になる。異常がない受精卵だけを子宮に戻せる医学上の利点がある。これ以外の「出生前診断」は、診断結果を受け、出産か人工妊娠中絶かという重い選択になる。着床前診断の方が母体の負担が少ないとされるが、「生命の選択だ」「障害者差別につながりかねない」といった批判も強い。着床前診断を受けて女児を授かった東京都内の夫婦を追った(2017年11月6日〜10日、4800字)

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