社会・メディア
朝日新聞社

材木の街だった東京・深川かいわい あの店もかつては…

初出:朝日新聞2017年11月2日〜30日
WEB新書発売:2017年12月28日
朝日新聞

このエントリーをはてなブックマークに追加

 「山の手は坂で覚えろ。下町は橋で覚えろ」。東京のタクシー運転手はこう教わるという。東京の下町を代表する「深川」(東京都江東区の西部)。水運を生かした材木の町として発展し、現在は材木店などの巨大な建物を利用した「サードウェーブ」コーヒー店でにぎわう。アサリを使った「深川めし」、江戸三大祭りの一つ「深川(八幡)祭り」でも知られ、富岡八幡宮や深川不動堂(不動尊)も有名だ。深川では東京の昔と今がモザイクをなしている。

◇第1章 材木屋の栄華、発達した運河
◇第2章 辰巳芸者の粋、花街の盛衰
◇第3章 神輿50基超、ド派手水かけ
◇第4章 帝都の門、復興の華 橋は誇り
◇第5章 だしとコーヒー、香る路地


第1章 材木屋の栄華、発達した運河

 深川は東西南北どちらに歩いても、すぐに橋を渡ることになる。小名木川、横十間川、大横川、仙台堀川……。埋め立てが進んだが、いまも江戸の運河が縦横に巡る。この運河が深川の成り立ちを表している。

 深川江戸資料館そばの成等院に、玉垣で囲われた石碑がある。江戸時代の豪商・紀伊国屋文左衛門、通称「紀文(きぶん)」の墓。この紀文こそ、深川の象徴だ。でも、なぜその墓が深川に?
 その前に。火事と喧嘩(けんか)は江戸の華といわれた。江戸風俗研究家の故杉浦日向子さんの著作によると、下戸や女性を除き、江戸っ子は朝から毎日3合程度の酒を飲んでいた。これだけ飲めば喧嘩も多いわけだ。では火事が多いとどうなるか。

 材木屋がもうかる。
 江戸時代の材木業は土木事業の中核で、現代の鉄鋼業のようなものだ。特に、大名屋敷や寺社の普請が続いた元禄期には巨万の富が集まった。代表が紀文と奈良屋茂左衛門、通称「奈良茂(ならも)」だ。すさまじい豪遊伝が残る。「紀文は吉原の全てを借り切った」「紀文が雪見を楽しんでいたら、奈良茂が小判をまいて芸者に拾わせ、積もった雪をぐちゃぐちゃにさせた」――。
 「互いにめちゃくちゃなカネの使い方をしたことは間違いない」と語るのは江戸文化研究者で江戸東京博物館の竹内誠・前館長だ。幕府の大規模普請に絡むため権力者に接近したい材木商は、金満ぶりを見せる必要があり、「豪遊が広告の役割を果たした」という・・・

購入する

この記事の続きは、WEB新書でお読みいただけます。

材木の街だった東京・深川かいわい あの店もかつては…
216円(税込)

「山の手は坂で覚えろ。下町は橋で覚えろ」。東京のタクシー運転手はこう教わるという。東京の下町を代表する「深川」(東京都江東区の西部)。水運を生かした材木の町として発展し、現在は材木店などの巨大な建物を利用した「サードウェーブ」コーヒー店でにぎわう。アサリを使った「深川めし」、江戸三大祭りの一つ「深川(八幡)祭り」でも知られ、富岡八幡宮や深川不動堂(不動尊)も有名だ。深川では東京の昔と今がモザイクをなしている。(2017年11月2日〜30日、6900字)

    スマートフォン、タブレットでも読めます。

    Facebookでのコメント

    このページのトップに戻る