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朝日新聞社

さよならスペースワールド 27年の歴史をふりかえる

初出:2017年12月19日〜22日
WEB新書発売:2018年2月8日
朝日新聞

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 2017年の大晦日を最終営業日に閉園した北九州市のテーマパーク「スペースワールド」。宇宙への夢を描き、地域に愛された27年の歴史を振り返ってみました(2017年12月19〜22日の記事をまとめました。肩書、事実関係等は記事掲載時のままです)。


第1章 鉄屋の挑戦、『聖地』で新事業/大リストラから反転、専門外のレジャーへ

 バブル景気に沸いていた1988年。テレビ・演芸プロデューサーの沢田隆治さん(84)は「花王名人劇場」の公開放送に、見慣れないダークスーツの男たちが続けて来ていることに気付いた。収録後、差し出された名刺には「新日本製鉄」とあった。
 「テーマパーク事業にお知恵を拝借したい」
 そう頼まれた。「財界トップの経団連会長を出す企業がこんな放送屋に」と驚いたが、嘱託の専任部長に就いた。レジャーと縁遠い鉄の企業。「ズームイン!!朝!」の生放送を終えて連日、新日鉄の本社へ。「エンターテインメントとは」の講義から始め、会議につぐ会議でテーマパークの基本計画をつくっていった。
 「新日鉄の社員は本当に真面目。それは教育的か、世の役に立つのか、という点にこだわり続けていた」
 スケジュール通りに施設は仕上がっていったが、沢田さんが「まったく血が通ってない」と注文することもあった。スペースシャトルの実物大模型に噴射機能を急きょ加えたのはその一例だ。
 完成は1990年4月のスペースワールド(SW)開園直前だった。未明の試験噴射に立ち会うと、そのまま空へ飛び上がって行きそうな迫力だった。「あの時は、新日鉄の技術力に感嘆した」

 SWの事業は1987年12月、新日鉄本社で当時の斎藤裕社長が発表した。九州国際大(北九州市八幡東区)で経済の特任教授を務める江本伸哉氏(60)は当時、日本経済新聞の産業部記者として取材していた。
 新日鉄が製鉄所を置く千葉県君津市や堺市も新施設の候補地に挙がったが、決まったのは八幡製鉄所の遊休地だった。「後背地の小さい北九州にどうして」。江本氏は首をひねった・・・

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