科学・環境
朝日新聞出版

摩訶不思議な宇宙誕生のドラマ 始まりの一瞬が「全て」を決定した

初出:AERA2012年8月13日号―20日号
WEB新書発売:2012年8月24日
AERA

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 夜空を仰げば遠く瞬く星たち。この宇宙はなぜここにあるのか。時間と空間を生み出した「無の揺らぎ」とは何か。始まりも終わりもない定常宇宙モデルを信じるアインシュタインを納得させた「ビッグバン(宇宙膨張)」説、それを裏付ける「宇宙マイクロ波背景放射」現象の発見、そして新たな「インフレーションビッグバン(加速急膨張)」説。それらを紐解きつつ、約137億年前のインフレーションの刹那に地球の誕生など「この世の全て」が決定されたとする根拠を探る。宇宙科学に秀でた新旧日本人も紹介する。

◇いったい宇宙とは何であるのか
◇出でよ、コペルニクス/彼はいったい何者だったのか


いったい宇宙とは何であるのか

 宇宙は突如、極微の「何か」から始まったという。では、その前は何だったのか。
 もし「無」だというのなら、その「無」とはいったい何なのか。
 現代の宇宙物理学の最前線に、根本的な疑問を投げかけてみた。

開闢の刹那に、宇宙の一切が決定されていた
 青空も星空も人を安堵させる。荒天を心配しなくて済むからだけなのか。不思議だ。
 宇宙の存在を、ひと筋に思索し続けたドイツの哲学者マルティン・ハイデガー(1889〜1976年)は主著の一つで、講義録をまとめた『形而上学入門』の冒頭で単刀直入に、
 「なぜ、いったい何かがあるのか。むしろ何も無いのでなく」
 と疑問を投げ、呻吟する。
 開闢(かいびゃく)137億年【※1】と科学的に計算される、私たちの住み処のこの宇宙はなぜあるのか。その科学的原因について、たとえ新たな謎をさらに生もうと、内外の科学者、宇宙物理学者はいま凄まじい研究欲を燃やし、その解明に挑んでいる。それは、あたかもハイデガーの哲学の問いに科学の立場から、少しでも回答を出そうとしているかのようである。

◎「まるでお伽噺の世界」
 この7月、千葉県柏市柏の葉にある東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)【※2】で、米テキサス大学教授を兼ねてここの客員上級科学研究員をし、8月15日付でドイツのマックス・プランク天文物理学研究所【※3】の所長に就任する小松英一郎氏(37)に、2度会った。
 小松氏は、宇宙開闢時の、後で詳述する「インフレーション」期のその刹那に宇宙の一切が生じたという仮説の検証に取り組んでいる研究者だが、その分野の世界の最先頭集団にいる同氏が自分のこの研究対象について、
 「そんな荒唐無稽な馬鹿なことがあるか、まるでお伽噺の世界だ、と思ったんです。本当なのか、それを確かめたいという動機があったんです」
 と、話した。
 マックス・プランク研究所長にとドイツ側が小松氏に着目したのは、宇宙開闢のインフレーション期の検証に関する諸論文が傑出していたからだろうが、その当人が、その関係の研究に突き進んだ真意を正直にも、先のように口にしたのだ。



■注
【※1】 宇宙の誕生からは137億年だが、太陽は誕生から50億年、地球は47億年、生物は38億年、猿人は三百数十万年とみられている。
【※2】 東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(カブリIPMU)は、数学、物理学、天文学を結集して宇宙の謎に迫る研究機関として文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムに採択され、2007年に発足した。この研究組織名の「カブリ」とは、世界の先端的研究機関を支援している米国のカブリ財団のことで、12年にIPMUもこの財団の寄付による基金の設立を受け、「カブリ」名を付けて再出発した。
 いま、世界の宇宙科学界で非常に注目されている一つは、なお正体不明のいわゆる暗黒エネルギー、暗黒物質の究明で、カブリIPMUも内外の諸機関と協力しつつ、各種の先端的観測方法を通してそれに取り組みつつある。その一つが、ハワイのマウナケア山頂にある日本の国立天文台所有の世界最大級の反射望遠鏡「すばる」の活用だ。国内外の研究機関と連携し、超広視野デジタルカメラと超広視野分光器を使った最先端の宇宙観測に取りかかろうとしている。
【※3】 マックス・プランク(1858〜1947年)はドイツの著名な物理学者。マックス・プランク名称研究所は、自然科学を中心に80前後を数え、そこを維持管理しているマックス・プランク学術振興協会は主に連邦・州からの予算で賄われている。
 第2次大戦前もこの協会と似た性格の、カイザー・ヴィルヘルム名称の科学振興機構があった。相対性理論のアインシュタインは、米国に亡命する1933年までカイザー・ヴィルヘルム化学物理学研究所長だった。


◎現代宇宙科学の3本柱
 この宇宙が始まった謎の解明をめざす現代の宇宙科学は少なくとも三つの画期的な理論、発見をもたらした。時系列でいうと、有名なビッグバン宇宙開闢説、次いで「宇宙マイクロ波背景放射」の発見、そして、前記のように小松氏が一時は荒唐無稽視した、宇宙開闢時のインフレーション理論そのものだ。いずれの理論、発見も、当方が理解できる範囲をおよそ超えているが、とりわけ3番目となると、アルバート・アインシュタイン(1879〜1955年)の、狙いは異なるが相対性理論と同じく、もはや取り付きようもない科学小説(SF)の類としか見えてこない。
 従って、小松氏の率直な言葉に接すると、あそこまでの仮説となれば、その道の研究者でもやはりそうだったのか、と妙に安心させられる。しかし、「まさか」と素人同然の反応をしたら宇宙物理学徒として恥ずかしい、と分かったふうをしなかったことが小松氏を世界的な存在へと飛翔させることになった。
 では、あのような実感を小松氏に抱かせるに至る現代の宇宙科学史を先の3点に絞って辿ってみよう・・・

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摩訶不思議な宇宙誕生のドラマ 始まりの一瞬が「全て」を決定した
216円(税込)

夜空を仰げば遠く瞬く星たち。この宇宙はなぜここにあるのか。時間と空間を生み出した「無の揺らぎ」とは何か。始まりも終わりもない定常宇宙モデルを信じるアインシュタインを納得させた「ビッグバン(宇宙膨張)」説、それを裏付ける「宇宙マイクロ波背景放射」現象の発見、そして新たな「インフレーションビッグバン(加速急膨張)」説。それらを紐解きつつ、約137億年前のインフレーションの刹那に地球の誕生など「この世の全て」が決定されたとする根拠を探る。宇宙科学に秀でた新旧日本人も紹介する。[掲載]AERA(2012年8月13日号―20日号、11800字)

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