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ジャーナリスト・黒木昭雄が遺書に残した「無念」

WEB新書発売:2010年11月19日
週刊朝日

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ジャーナリスト・黒木昭雄が遺書に残した「無念」

 週刊朝日の常連執筆者だった元警視庁警察官でジャーナリストの黒木昭雄さんが突然、この世を去った。享年52。報道されているように、11月2日の午前、車の中で亡くなっているのを長男が見つけたのだ。黒木さんの身に何が起こったのか。そして、なぜ死んだのか。「捜査するジャーナリスト」の最後を見届けた本誌だけが知る全情報をお届けする。


三陸少女殺害事件で岩手県警の怠慢を追及していたが…

 私が黒木さんと知り合ったのは、2000年のことだった。京都府の小学校で起きた児童殺害事件(てるくはのる事件)の取材に同行したのが始まりだ。警視庁を辞めたばかりの黒木さんの取材はまるで警察官の捜査のようだった。そこで私が「捜査するジャーナリスト」と命名した。
 以来10年、公私にわたって付き合ってきた。私の四つ年上で、兄貴のような存在だった。
 そんな黒木さんが亡くなった。一報を聞いてすぐに自宅に駆けつけた。遺体はまだ地元警察署に安置されていた。家族と一緒に引き取りに行った。
 黒木さんの「死」についてはいまもさまざまな憶測が飛び交っている。3日付のスポーツ紙には、

〈警察ジャーナリスト 黒木昭雄氏変死〉
〈遺書見つからず〉
〈事件と自殺 両面で捜査〉
〈予兆特になく…〉

 などと思わせぶりな見出しが躍った。ネット上でも多くの人が「事件性」を疑う書き込みをしている。

〈黒木さんは自殺をするような人ではない。権力による謀殺だ──〉

 常に権力と闘ってきた黒木さんのことだけに、そう考える人が多いのも無理はない。実際、黒木さんは生前、口癖のように、
「俺が死んだら、警察に殺されたと思ってくれ」
 とも言っていた。
 だが、今回のケースは周到に準備された『覚悟の死』だった、と私は見ている。
 なによりの根拠は・・・

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