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政治・国際
朝日新聞出版

米同時多発テロ 「9・11」詳細ドキュメント

初出:2001年9月28日号
WEB新書発売:2011年9月9日
週刊朝日

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米同時多発テロ 「9・11」詳細ドキュメント


 テロはハドソン川を見下ろす世界貿易センタービル(WTC)、国防総省(ペンタゴン)を次々と襲った。ハイジャックと精いっぱい戦った男たちもいた。WTCの惨状、ワシントンの混乱、土壇場の勇気を、アメリカのメディアは克明に伝えた。そのドキュメントである。

※「週刊朝日」2001年9月28日号に掲載された記事を、当時の内容のまま再録しました。


◇乱れ飛んだデマ、大統領の強がり
◇消防隊員の嘆き、盗まれたブーツ




■2001年9月11日
〈午前7時59分〉
 パイロットにとって、申し分のない快晴だった。
 アメリカン航空11便がボストン空港を離陸した。直後に管制塔は異変に気づく。2万9千フィート(約8800メートル)で方向を変えるはずが、低空飛行を続けている。高度を上げる指示を出しても、機長の応答はない。やがて管制塔に、機内の声が伝わってきた。機長がひそかにスイッチを押したらしい。流暢な英語ではなく、アラビアなまりがきつい。犯人の一人はスチュワーデスに命令していた。
 「ボストンにいる上司に電話しろ。ビジネスクラスの乗客の一人が、乗務員と客を刺した。ハイジャックされたと言うんだ」

〈8時45分〉
 11便はニューヨーク(NY)マンハッタン南端にあるWTCの北棟に激突した。サイレンがあらゆる方向から鳴り響いた。さまざまな物が落ちてくる。飛行機の部品、ガラス、紙吹雪、家具、タイヤ、そして人体……。
 WTCは93年にもイスラム過激派に襲われ、6人が死亡している。その経験者の反応は早かった。46階にいたコンサルタント業のアンディ・ペリーもそのひとり。すでに建物が崩れ始めていて、天井が落ち、トイレから火が噴出していた。友人をせきたて、ようやく外に出ることができた。
 「もう12人が飛び降りた」
 隣の男性がぽつりと言った。その隣の男性は呆然とビルを見つめていたが、やがて轟音とともに金属片が彼を直撃した。即死だった。
 このころ、ボストンを出発したユナイテッド航空175便もパニック状態だった。本来なら、映画「ア・ナイツ・テイル(騎士の物語)」を楽しむフライトになったはずだが、それどころではない。レーダーからいったん機影は消え、ニュージャージー上空で旋回すると、再びレーダー上に姿を現した。針路はマンハッタンに向けられていた。

〈9時3分〉
 175便はWTC南棟に激突した。95階にいた女性は、非常階段で下りた。館内放送が聞こえた。
 「飛行機が衝突しましたが、ビルが崩壊することはありません。勤務中の方は、とりあえず動かないでください」
 しかし、壁を突き破って炎が迫ってきた。周囲の人たちと、這って進んだ。服を冷水機の水でぬらし、さらに下りる途中、消防隊員と会った。
 「上に行かないほうがいい」
 と、声をかけたが、
 「行かないと。仕事だから」
 フィリップ・オヨラは81階で働き、妻のアディアヌスは78階で働いていた。北棟の攻撃を知り、ふたりで待ち合わせて逃げることにしたが、アナウンスに安心した。ふたりともオフィスに戻り、その直後に南棟が攻撃を受けた。夫は助かったが・・・

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