【お知らせ】WEB新書は閉店しました。

社会・メディア
朝日新聞出版

乗り越えるプリンセス ダイアナ妃と雅子妃をつなぐ点と線

初出:2013年11月1日号
WEB新書発売:2013年11月1日
週刊朝日

このエントリーをはてなブックマークに追加

 適応障害の治療が10年めに入ろうとしている2013年の秋、雅子さまが変わり始めた。愛子さまの運動会では、愛子さまが組体操に取り組む姿を見て、目頭を押さえる様子が目撃され、今度こそ、本格的に回復に向かうのでは? という期待が高まる。痛手を負いながら復活を遂げる姿は、雅子妃とほぼ同世代の、もう一人のプリンセスを思い起こさせる。ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚・出産で、今、改めて注目を集めるダイアナ元妃だ。「自分にしかできないこと」を追い求め、苦難を乗り越える二人のプリンセスの軌跡を追う、魂のレポート。

◇痛手を負いながら、より強く
◇スポーツが得意で勉強が苦手
◇皇太子さまの愛情が最大の強み
◇ボランティアで回復の期待
 ・[コラム]ダイアナ元妃の事故死、陰謀説が再燃
 ・[コラム]ダイアナ元妃のノーベル平和賞も可能だったボランティア活動


痛手を負いながら、より強く

 適応障害の療養生活も10年目に入っているこの秋、雅子さまが変わり始めた。
 10月18日、持続可能な開発に向けて有識者が対話をする「地球環境行動会議(GEA)」に出席。皇太子さまとともにノーベル賞受賞者の講演にも耳を傾けた。
 「体調がいいとのことで、突然のお出ましでした。肌もつややかで、今までのような不安そうな表情もない。ここ数年にないお元気なご様子でした」(宮内庁記者)
 その前の週末、雅子さまは公私ともに活発だった。土曜日の12日には、10年ぶりに全国障害者スポーツ大会の開会式に出席。午後からは愛子さまの運動会も見学した。例年なら「母親として愛子さまの運動会が優先」だったが、今回は当初東宮大夫が「公務欠席」を発表したのを覆しての、お出ましだった。翌日は同大会のバスケットボールなどの試合も観戦した。
 「運動会で雅子さまは、愛子さまの組体操を見て、周囲をはばからず、目頭を押さえ、涙を流していらっしゃいました。愛子さまのご成長が雅子さまの支え。一時、上向きかけたご体調が愛子さまの不登校問題で再び悪化しましたが、今度こそ、本格的に回復に向かうかもしれません」(同)
 痛手を負いながら、より強くなって立ち上がる。
 そんなプリンセスが、雅子さま以前にもいた。
 ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚・出産で、今、改めて注目を集めるダイアナ元妃だ。彼女を描いた映画も最近公開され、再評価の動きが出てきた。
 2人の悩めるプリンセスは同世代。雅子さまは、まもなく50歳。ダイアナ元妃は存命なら52歳だ。

スポーツが得意で勉強が苦手

 精神科医の香山リカさんは、この世代の女性をこうみる。
 「物質的な豊かさを多くの人が享受できるようになった結果、それだけでは幸せになれないことに気づき、自己実現を目指すようになった世代。雅子さまとダイアナ元妃は、そんな世代の申し子のように、保守的な世界で『自分しかできないこと』を追求し、傷つき、悩み苦しみました」
 まずは、2人の生い立ちを、おさらいしておこう。
 ダイアナは1961年、王室と縁が深い英貴族の名門スペンサー家の三女として生まれた。父はのちにスペンサー伯爵となった。経済的には豊かだったが、幼くして両親は離婚する。
 「姉たちは寄宿学校へ入り、ダイアナはいつもひとりぼっち。家庭の愛情を得られなかった子ども時代が、ダイアナの一生に大きな影を落としました」(英王室に詳しいジャーナリスト・多賀幹子さん)
 スポーツは得意だが勉強は苦手。名門の子女がマナーなどを学ぶスイスのフィニッシングスクールへ行った後、保育士をしていた。
 雅子さまは東京生まれ。父は、周知のとおり、外務次官まで上り詰めた小和田恒氏だ。幼少期は父の赴任で旧ソビエト連邦、スイスで過ごしたが、本国勤務の間は、都内の3DKの公務員官舎で暮らした時期もある。ダイアナと違い、家族の結びつきは深かった。
 「役所では厳格で知られる小和田さんですが、家ではトイレ掃除のお手伝いまでするマイホームパパでした」(知人)
 ダイアナがチャールズ皇太子と婚約、結婚した81年、雅子さまはハーバード大へ進学。世界中で大々的に報道されたダイアナ妃の「世紀の結婚」を、雅子さまも、きっとテレビで見ていたに違いない。
 92年12月12日、雅子さまが皇太子さまのプロポーズを受け入れたその3日前の12月9日、ダイアナ妃はチャールズ皇太子と正式別居した。ダイアナ妃が歩んだ道のりの厳しさは、その後の雅子さまの波乱の日々を予感させる。
 ダイアナ妃が最初にぶつかった壁のひとつが、厳格な王室制度だったのと同様に、雅子さまも日本の皇室制度に戸惑った。従来の身分制が大きく崩れた時代に育った2人が、伝統と慣習にしばられた世界そのものに、大きな抑圧を感じたのは、無理もない。
 より、本質的な問題もあった。それは「皇太子妃」という特殊な立場だ。
 ダイアナ妃は、ハネムーン直後にウィリアム王子を懐妊、出産。その2年後にはヘンリー王子にも恵まれた。「世継ぎを産む」という最大のつとめを早々に果たしたダイアナ妃だが、女性としては不幸だった・・・

このページのトップに戻る