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朝日新聞出版

スポーツ皇室史 テニス派美智子さま、スキー派雅子さま、昭和天皇のゴルフ

初出:2013年11月15日号
WEB新書発売:2013年11月15日
週刊朝日

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 日本の皇室は四季を通じてスポーツに親しむ。天皇皇后お二人の「軽井沢の出会い」で知られるテニスは皇族の定番だが、最初に始めたのは昭和天皇の母、貞明皇后だという。皇族もメンバーという東京ローンテニスクラブとは? 天皇家の対戦相手はどんな人? 美智子さまのテニスファッションが与えた影響とは? また、皇太子ご一家のウインタースポーツはスキー。昭和天皇はゴルフに熱中したが、なぜ止めたのか。スポーツを通して浮かび上がる皇族の意外な素顔、知られざる歴史秘話を関係者らの証言でたどる。

◇第1章 天皇家とテニス 歴史秘話10連発
◇第2章 皇太子ご一家のスキー
◇第3章 大好きなゴルフをやめた昭和天皇



第1章 天皇家とテニス 歴史秘話10連発

◎天皇家でテニスを始めたのは、いったい誰?
 天皇、皇后両陛下が、軽井沢のテニスコートで運命の出会いをしたのは周知のとおり。ただ、天皇家でテニスをしたのはお二人が最初ではない。


 日本にテニスが伝来したのは、明治9(1876)年。横浜に居留した外国人が行ったのが最初とされる。明治30年代には急速に広まり、女学生がはかま姿でラケットを振る姿も見られた。
 明治39(1906)年10月12日付の東京朝日新聞には、皇室でもテニスをしていたことがわかる記事がある。プレーしたのは、後の貞明皇后。大正天皇の后(きさき)で、当時は皇太子妃だった。「女官を御相手に(中略)テニス其他の御運動をも遊ばさるる由」と近況が報じられた。
 「その長男である昭和天皇もテニスをされましたが、軍人仕込みの武骨なもの。これに対し、妃となった良子女王は学習院女学部仕込みの華麗なテニスをされたそうで、ご結婚後初めてプレーしたときには、その優雅さに昭和天皇は感嘆されたそうです」(皇室ジャーナリストの渡なべみどりさん)
 当時の写真を見ると、プレーする良子妃はロングドレス姿。テニスと皇室には、100年を超える縁があるのである。
 
◎テニスのプレーぶりで浮かび上がるお人柄は?
 テニスのプレーにはお人柄が出る。10代からプロのコーチについていた両陛下。そんなご両親のもと、皇太子さま、秋篠宮さまも幼少からテニスに親しんできた。両陛下と対戦したことがある知人はこう話す。
 「天皇陛下は極めてオーソドックスな王道をいくテニス。美智子さまは女性ではトップクラスといっていい腕前ですが、打っても打っても打ち返し、ミスを誘う粘り強いテニスです」


 皇太子さまと秋篠宮さまは対照的だという。
 「皇太子さまは強気の攻め。一生懸命練習をされ、陛下同様、オーソドックスに勝負します。都大会にも出場した秋篠宮さまはご家族の中で圧倒的にお上手。ただし、少々トリッキーな戦術を使うところもあります」(同)
 雅子さまと紀子さまは?
 「雅子さまは皇室に入る前はあまりテニスをされなかったのでは? 当初は見物が多く『ごめんあそばせ』といった感じでしたが、その後はコーチにつかれ、今ではサーブやスマッシュなど力強く打つものがお得意です」(東宮関係者)
 「紀子さまは学習院在学中からテニスをされていますが、こちらも大変な努力家。負けず嫌い、ともいえるかも」(関係者)

◎皇居内にテニスコートは全部で何面あるの?
 現在、皇居の中にあるテニスコートは2面。もちろん一般は立ち入り禁止だが、お住まいの吹上御所からは約1キロほど離れた大手門に程近い場所にある。
 「即位された際、吹上御所を新築したのですが、当初は専用テニスコートも併設する計画でした。しかし財政状況を心配した天皇陛下の希望で取りやめになったのです」(宮内庁記者)
 代わりに、職員用テニスコートを両陛下も利用することになった。主に土日、天皇陛下は愛車インテグラの助手席に美智子さまを乗せ、自らハンドルを握ってやってくる。コートはクレー。本来職員用なので職員だけで利用することもあるが、常に細心の配慮で整備をしている。
 皇太子さまがお住まいの赤坂御用地にもテニスコートが2面ある。天皇陛下が皇太子時代はこちらが「ホームコート」で、クラブハウスも設置されていた。現在、皇太子さまがプレーされるのは主に平日の夕方で、公務がお手すきのとき。散歩中の秋篠宮さまが近くを通りがかり立ち話をされることもあるという。
 「猛暑だった今年の夏は雅子さまのお姿は見かけませんでしたが、ご夫妻でダブルスを組むときもあります」(東宮関係者)



◎皇居外で天皇陛下らがプレーすることはあるの?
 皇族も会員に名を連ねるテニスクラブとして知られるのが、東京ローンテニスクラブ(東京都港区)だ。昨年5月にも両陛下は私的に訪問。ご学友やテニス仲間と昔話に花を咲かせた。
 1957年8月19日、軽井沢のコートで「運命の出会い」をしたお二人。翌年5月、美智子さまも同クラブに入会。天皇陛下とたびたび手合わせする中で距離を縮めていった。「お妃に」という宮内庁側からの打診に対して、美智子さまの苦労を案じた正田家は反対するが、陛下自ら電話で説得されたのは有名だ。
 「揺れ動く美智子さまは、陛下への手紙を書き、母の富美子さんに託しました。この手紙を富美子さんがご学友に預けたのも東京ローンテニスクラブ。ご学友から陛下の手に渡りました。10日ほどして正田家から承諾の返事がありました」(当時を知るご学友)
 ご結婚後も、同クラブへは時折来訪。トーナメントで皇太子時代の天皇陛下と浩宮(現皇太子)さまが勝ち上がり、決勝戦で対決・・・

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