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医療・健康
朝日新聞出版

「かむ力」で脳を活性化! 歯の治療と食で認知症を予防し、健康になる

初出:2014年7月11日号
WEB新書発売:2014年7月17日
週刊朝日

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 「かむ力」が見直されている。かむことは食と健康に影響するが、感覚、運動、記憶、思考などをつかさどる脳の中枢に刺激を与えて認知症の予防にもなるという。歯を治し、口腔リハビリでかむ力をつけて認知症が改善した高齢者や、歩けるほど元気になった寝たきりの人の実例を挙げ、歯の大切さを改めて示す。あわせて、ポリフェノールの豊富なナスや緑茶、DHAとEPAを多く含むマグロのトロや魚肉ソーセージなど、認知症予防に効果のある栄養素や食品を、専門家が最新の研究データを基に紹介する。

◇第1章 歯を治して認知症予防
◇第2章 食べて防ぐ認知症


第1章 歯を治して認知症予防

◎かむ力が戻り、歩けるように
 かむ力を回復させて、寝たきりや車いすの人が歩けるようになる――。そんな治療を成功させている歯科医師がいると聞き、大分県佐伯市で開業する河原英雄歯科医師を訪ねた。
 この日、夫婦で定期検診に来ていた佐藤修一さん(仮名・49歳)も、めざましい回復をした一人だ。佐藤さんは7年前、仕事中に脳出血の発作で倒れ、3日間生死の境をさまよった。なんとか一命を取り留めたものの、後遺症でからだは動かなくなり、寝たきりに。半年間リハビリを続けたが、ほとんど回復しなかった。
 妻の幸子さん(仮名)にとって何よりつらかったのは、食べることを楽しみにしていた夫が流動食をのみ込むだけでほとんど反応しなくなってしまったこと。倒れる前に使っていた入れ歯も、合わなくなっていた。
 「せめて食べる楽しみだけでも取り戻せたら」
 そう考えた幸子さんは、自分が通院していた河原歯科医師のところに佐藤さんを車いすに乗せて連れていった。河原歯科医師は当時の佐藤さんの様子をこう振り返る。
 「歩けない、話せない、衣服の着脱もできない。自立度を判断する日常生活機能評価表は、ないないづくしです。待合室から診察台までの短い距離の移動も大変で、僕と歯科衛生士と2人がかりで引きずるように運びました」
 河原歯科医師は残っている下の5本の歯を治療。幸子さんに、歯みがきを手伝い口の中を清潔にしておくよう指導し、そして上には総入れ歯を、下には部分入れ歯を作った。佐藤さんの口に合わせてていねいに調整した精巧な入れ歯が完成したが、「この段階では『かめる入れ歯』ではないんです」と河原歯科医師。
 「流動食ばかり食べていた佐藤さんは、かむために使う口の周りの筋肉が落ちていましたし、なによりかむことを忘れてしまっていました」
 さっそく入れ歯を入れて、口の開け閉めをするなどの口腔リハビリをスタート。そしてある程度動くようになった時点で導入したのが、「河原流ガムトレーニング」だ。
 「子どもの咀嚼(そしゃく)トレーニングのために開発された医療用の硬性ガムを流用して、かむ力を強化します。このガムはかんでも軟らかくならないので、かむ力が2倍必要。さらに入れ歯にくっつかないので、都合がいい。自分でも『よく考えついたな』と感心しています」
 と、河原歯科医師は笑う。
 着々と「かむ力」をつけていった佐藤さんは、初診の1年後には大好きな魚の刺し身を問題なく食べられるまでに回復した。さらに、口が動くようになると、からだ全体の動きもよくなった。いつのまにかしっかり立てるようになり、やがて幸子さんに支えてもらいながら歩けるようになった。
 「2012年に生活機能をチェックしたら、以前は『できない』ばかりだった項目が、ほぼすべて『できる』になっていました。『要介護5』だった介護度は『要支援』に。めざましい回復ぶりです」(河原歯科医師)
 リハビリにも意欲的に取り組んで、食事や歯みがき、衣服の脱ぎ着は助けを借りずにできるようになった。今は手押し車を使えば、ひとりで買い物に出かけられるまでに回復している。
 「この町は魚介類が新鮮でおいしいからね。とくにタコは大好き。スーパーで夕食の献立を選ぶのが楽しみになりました。買い物もいいリハビリになっているんですよ」
 と、佐藤さんは楽しそうに話してくれた。夫婦を見送った河原歯科医師は、
 「よく奇跡みたいって言う人もいるけどね。佐藤さんが特別なわけじゃなくて、うちにはこういう人はかなりいますよ」
 とサラリと言う。



◎認知症も気胸も改善した
 同じように症状が改善した患者に直接話を聞くことができた。松野スミさん(仮名・93歳)は4年前の初診当時、認知症が進行し、ぼーっとしてただ座っているだけという状態だった。他院で作った入れ歯が合わず、軟らかいものしか食べられなかったため、河原歯科医師が新しい入れ歯を作り、かむトレーニングをした結果、何でも食べられるようになり、認知症も改善。9カ月後には、息子とともに地元のカラオケ大会に出場した。
 40年前にじん肺(粉塵やアスベストなどを吸い込むと起こる肺の病気)患者に認定された高橋忠さん(仮名・78歳)は、呼吸困難などが悪化し、07年には両肺が重症の気胸になった。気胸は肺に穴が開いて空気が漏れてしまう状態で、半年間入院して治療を受けたものの、退院後は24時間酸素吸入が必要。さらに歯がボロボロでかめないため、体重は38キロまで落ちていた。
 「主治医に『食べられないままだともっと痩せちゃうから、すぐに歯医者に行きなさい』と言われてね」
 と高橋さん。河原歯科医師の診察を受けにきたときは、歩くのもやっと。酸素吸入器を手放せないため、10カ月かけて慎重に治療した。
 歯の治療が終わり、かめるようになると、妻が栄養のあるものをたくさん食べさせたこともありメキメキと回復。1年6カ月後の定期検診では体重が11キロも増えた。栄養状態を示す総たんぱくやアルブミンの値も基準値に達したという。スタスタと歩いて私たちの前に現れた高橋さんは、
 「今は肉がおいしくてね。酸素吸入器なしで階段も上れるし、自分で車を運転してカラオケに行けるようになりました」
 と笑顔で話してくれた。河原歯科医師が「今の元気な姿からはとても想像ができないでしょう」と、初診当時の記録映像を見せてくれたほどだ。高橋さんは誇らしげに歯を見せながらこう言った。
 「ほら、きれいでしょ。昔は歯みがきもいい加減だったけど、今は時間をかけてするようになりました。大事な歯だからね」
 なぜ、かめるようになると、からだまで元気になるのだろうか。
 「かんでのみ込む『咀嚼』を含めた、『食べる』という一連の動作は、さまざまな器官を使う高度な作業です。近年、脳にたくさんの刺激を与えることが明らかになってきました」
 と、河原歯科医師は言う・・・

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