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朝日新聞出版

素顔の昭和天皇が甦る 気鋭の歴史学者が「昭和天皇実録」を読み解く

初出:2014年9月26日号
WEB新書発売:2014年9月25日
週刊朝日

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 昭和天皇は関東軍が中国と満州の境に兵を進めようとしていた際、「統帥最高命令によって作戦発動を中止することが可能か否か」と打診した。しかし……。87年の生涯が側近の日誌や報道などをもとに克明に記録されているという「昭和天皇実録」が公開された。昭和天皇は時代をどう見ていたのか。誕生秘話から幼少期の夢と帝王学、親子の絆、戦争・敗戦まで、歴史学者の磯田道史・静岡文化芸術大教授が読みどころを示し、感情豊かな素顔の昭和天皇を甦らせる。

◇戦争/怒る昭和天皇
◇誕生秘話/天皇と自然信仰
◇帝国日本の天皇とは
◇幼少期/将来の夢と帝王学
◇親子の絆と思想
◇敗戦/天皇の思考
◇天皇実録とは
◇天皇の感情表現、豊かに叙述


戦争/怒る昭和天皇

 今回の実録で、人間性が浮き彫りになるような豊かな表現で描写されているのは、ご幼少の記録です。戦後に関しては、政治への影響を配慮したのか、抑制された記述で、ご動静の記録に近い。
 全般を通じて注目してほしいのは、天皇の発言の手法です。1937年の日華事変(日中戦争)の際もそうですが、昭和天皇の言葉は「○○だと思うがどうか」という疑問形で発せられます。これは、責任を臣下や相手方に帰属させる役割と同時に、最後の「か」によって、間接的に意思を表現しています。日本の天皇の伝統的な会話表現といえるでしょう。
 では、相手はどう答えるのか。その様子がわかるのは、戦前・戦中の臣下や軍部とのやりとりです。意外なことに、軍部や臣下の返答は、陛下の意思に反する答えだらけです。天皇が軍部に対して疑問形で意思を表明し続けますが、軍部は表向き質問に答えつつ、聞き流す。陛下は反問できずに終わるパターンの繰り返しです。
 重要な国策を決定するときに、怒る天皇の描写もだいぶ出てきます。41(昭和16)年に開戦準備をととのえる内容の「帝国国策遂行要領」が御前会議で決まります。ところが実際に、海軍軍令部や陸軍参謀総長らは十分な説明や議論を行わない。昭和天皇は、そこがないのはどういうことだと、怒るわけです。その様子も、実録で読み解いていただきたい。
 顕著な例が、33(昭和8)年の中国・熱河作戦のくだりです。日本が国際連盟を脱退せざるを得なくなる直前に、関東軍が中国と旧満州の境に兵を進めます。
 なんとか中止したいと考える昭和天皇は「統帥最高命令によって作戦発動を中止することが可能か否か」と作戦の中止を奈良武次侍従武官長に打診します。天皇は40分間ほど粘るものの、奈良は「それは閑院宮・陸軍参謀総長がいらしてからに」と帰ってしまう。
 しかし昭和天皇はあきらめず、午後10時すぎに、「さっき聞いたことについてはどうだ」と側近に書かせた手紙を奈良に送りました。奈良は、参内せずに手紙を寄越します。その内容が恐ろしい。
 「天皇のご命令をもって作戦を中止しようとすれば、紛擾を惹起し、政変の原因になるかもしれず」というものでした。
 前年に5・15事件で犬養毅首相が殺されています。奈良の返答は、熱河作戦を天皇が止めれば、首相が殺されるか、御所に機関銃をもった将校がなだれ込んできますよと、脅しているも同じです。
 結局、昭和天皇は万里の長城を越えないことを条件に、統帥最高命令の発動を見送ります。昭和天皇は自分が何を言っても、統帥最高命令は発動できないと悟った瞬間です。悔しかっただろうと思います。
 私は、何があの戦争につながったのかという視点で実録を読みました。将棋の用語を使えば、敗北につながる「敗着」の一手を打ったのはこの瞬間でした。昭和20年の敗戦につながった原点でした・・・

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