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文化・芸能
朝日新聞出版

戦国武将の末裔座談会 子孫4人が語り合う

初出:2015年4月24日号
WEB新書発売:2015年4月23日
週刊朝日

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 徳川、前田、真田、織田。戦国を戦い抜いた4武将の子孫たちが、週刊朝日ムック「武将の末裔」出版などを記念して座談会に臨んだ。徳川恒孝氏と前田利祐氏は、同じ会社の同じ部署で副部長から怒られたことがある。「徳川と前田を呼びつけて怒ったのは秀吉以来だ」。武将の子孫4人が語り合った。

◇400年ぶりの「春の陣」徳川×前田×真田×織田
◇学習院の殿様はバイリンガル?
◇石田三成の末裔、徳川宗家と対面


400年ぶりの「春の陣」徳川×前田×真田×織田

司会・野村真季アナウンサー(以下野村)――世が世ならと思わずにはいられない顔ぶれです。さっそく自己紹介をお願いできますでしょうか。



徳川恒孝氏(同徳川)――会津の松平家に生まれまして、容保公のひ孫になります。母が徳川家から参りました。徳川家の跡取りは早くに亡くなっていたこともあり、私が中学3年くらいのときに、突然松平から徳川へと名字が変わりました。



竹内誠・江戸東京博物館館長(同竹内)――徳川家康は、関ケ原の一戦で勝利し、将軍となって天下を掌握しまして、「徳川の平和」を築きます。将軍家15代、2世紀以上も内乱がない歴史というのは、世界史の中でも類を見ない。徳川家はそういう時代をリードしました。



前田利祐氏(同前田)――わが家は外様大名でございますが、武士というのは棟梁と家来に分けられるわけですね。うちは、棟梁の織田さん、豊臣さん、徳川さんに仕えて、その下で働いているということで、ずっと家来でした。私自身も徳川さんと同じ会社で、ずっとサラリーマンをやっていました。



野村――徳川さんと同じ会社だったというのは、日本郵船ですね。

徳川――2人で同じ部署におりましたときに、副部長が何かというと「徳川、前田」と呼ぶんですね。ダメじゃないか君たち、とか言って。あとで聞いてみますと、「徳川と前田を呼びつけて怒ったのは、太閤秀吉以来自分だけだ」と。こういう副部長がおられまして、迷惑してましたね、われわれは(会場笑)。

前田――しましたね。

野村――前田家というのも大変なお家でいらっしゃいます。

竹内――江戸城は、大名が詰める席が決まっています。これを「殿席」といいます。有名な松の廊下の襖の内側が将軍にいちばん近い良い席、「大廊下詰」です。そのなかの上の部屋に御三家が詰めて、下の部屋の筆頭に前田様が鎮座まします。だから前田家というのはすごい家格なのです。何しろ加賀100万石ですから。

野村――新幹線も開通しまして、大変なにぎわいになっていますね。

前田――参勤交代のときには大体15日ぐらいかかっていたわけですが、それが2時間半ぐらいで行けてしまうのだから楽な話でございます。

真田幸俊氏(同真田)――松代真田藩の14代目になります。高祖父までは本当にお殿様だったんですが、私は日々の糧を得るために大学で無線通信を教えております・・・

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