経済・雇用
ダイヤモンド社

半端なリッチが一番危ない 国が狙い撃ちする「年収1000万円」の悲劇

2014年05月16日
(8200文字)
週刊ダイヤモンド

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 いつかは突破したい大台であり、ステータスも高い年収1000万円。しかし、達成した後に広がる世界は、バラ色ではなかった。一度はまると抜け出せないミエ消費のアリ地獄に際限のない教育費など、もっとも負担感が大きくなるのが「1000万円」なのだ。そこにさらに追い打ちをかけるのが、国による「狙い撃ち」だ。今後の税制や社会保障の推移を見ると、もっとも大きな割を食うのがこの所得層だからだ。所得税に児童手当、さらに消費増税など、すべての制度改変が、この層を直撃する。この国でもっとも危機に立たされている「半端リッチ」1000万円層の悲劇を浮かび上がらせる報告書。

◇序章 年収1000万は家計も仕事も不幸

◇第1章 国が照準を定めるプチ富裕層の財布
・[コラム]海外に資産を移しても忍び寄る国税の「長い手」

◇第3章 23区の歴史に見る プチ富裕層の変遷



序章 年収1000万は家計も仕事も不幸

 年収1000万円は不幸……。ここではその生活を1人の架空の人物を通して描くが、フィクションと侮ることはできない。取材の結果浮かび上がった平均像を重ね合わせているからだ。

 「なぜ、今年はハワイに行けないの?」。またその話題か……。残業の後、最終電車で帰宅した金高幸夫を待っていたのは妻の小言だった。
 37歳の幸夫が働く医薬品メーカーでは成果主義が導入されていて、業績によって、年間の収入が大きく上下する。
 一昨年まで課長として所属していた部署では年収が1000万円を超えていた。しかし、昨年、部署が変わると降格ではないにもかかわらず、900万円を少し上回る程度に下がってしまった。
 「あなたが言うから、私立小学校への入学を諦めたんじゃない。それなのに、旅行まで……」
 娘の幸子は私立小学校入学を目指し、3歳から毎月4万円もする学習塾に通っていた。そして、この春、第1志望校に合格もした。しかし、人事制度の改変により、今後も給与の増減は大きくなるかもしれない。幸夫の判断で、土壇場で入学をやめさせたのだ。
 「実家の両親だって、『大丈夫なのか幸夫くんの仕事は』って心配してきたわよ」。職業人生の多くを右肩上がりの経済の中で過ごした義父の世代では、とても今の人事制度を理解できないだろう。かつての日本ではタブー視されていた解雇ルールの緩和ですら議論され始めているのだから。
 「しょうがないだろ……。おまえがどうしてもって言うからやらせている子供のバレエにだって、毎月8万円も掛かるんだし」
 「人のせいばかりにしないでよ! 車はあなたが欲しいって言うから買ったんじゃない」
 幸夫の唯一の趣味は車だ。この春、消費増税前のタイミングを狙い、ドイツ製の大型車を購入したばかりだ。タイヤのホイールは別注したために合計900万円近い金額となりローンを組んだ。
 「働いているのは俺なんだよ! それぐらいいいだろう」。攻撃にたまりかねた幸夫も声を荒らげる。「金は湯水のように湧いてくるわけじゃないんだ。足りないなら、おまえも働けばいいじゃないか」。
 金高家の世帯収入は幸夫の給与だけだ。妻は幸夫と職場結婚して以来、一度も働いたことがない。
 「結婚したとき、『家庭を守ってほしい』と言ったのはあなたよ!」「それは昔の話だろ。困っているのは今なんだからさ。駅前のスーパーでレジ打ちのパートを募集していたぞ」「幸子の友だちのママに見られたら、どうするのよ!」。
 幸夫は、妻が何かとママ同士のコミュニティを気にすることにうんざりしていた。何より腹が立つのが、そのコミュニティで子供向けのグッズや調理器具などがはやるとすぐに妻も欲しがることだ。そして、そのどれもが高額だ。
 「うるさいっ! 今は大事なときなんだよ。部長になれるか、なれないか……。仕事に専念させてくれよ!」
 背後でドアの開く音がして、2人が振り向くと、娘の幸子が寝ぼけ眼で話し掛けてきた。
 「ママとパパ〜、どうしたの?」

◎税の負担も増え収入も不安定なのに変えられない出費
 「ま、というのが、昨晩のわが家での出来事さ」
 所変わって恵比寿にあるカウンターをしつらえた瀟洒なかっぽうのお店。幸夫は高校の同級生、統山計と杯を交わしていた。堅実な計は「安い居酒屋でいいよ」と言ってきたが、幸夫が「まあ、俺の方が多めに払うから、おいしい店に行こうよ」と、この店を選んだ。
 計が冷めた口調で諭す。「それは奥さんばかりを責められないな」「なんだよ、のっけから、妻の肩を持つのか?」「増税前に買ったというその外車。ほんとに、増税前に買うとお得だったのか?」。
 計は理学部出身の技術者で、数字に細かく合理的で、データが大好きだ。2014年4月から消費税が3%アップしたが、同時に自動車取得税も2%軽減された。そして、本体価格が高いとはいえ、決算時期などによって数十万円単位で値引きされることも珍しくない外車もあるから、駆け込み消費がお得という保証は何もない。
 「第一、おまえが40万円も掛けて追加したというホイールだけでも、消費増税分より高いんじゃないか? うちは国産のハイブリッド車だけど、何の不都合もないよ。だいたい、おまえ、小遣いが月に7万円って多過ぎるよ。サラリーマンの平均は3万5000円っていうじゃないか。普通はこういう高い店は簡単には来られないぞ」
 年収が成果で増減する一方で、住宅ローンや自動車ローンなどの固定費は見直さない限り、一定だ。景気のいい時期に固定費を拡大させてしまい、後に苦しむ高年収のビジネスパーソンは非常に多い。それでも、身に付いた消費性向は変えられない。
 絶妙な味付けの野菜の煮付けをさかなにしていたら、日本酒が進み過ぎたのかもしれない。幸夫は興奮して、「でも、稼げばいいんだよ、使った分は!」と反論した。
 「確かにな。それぐらいの気概があった方がいいかもしれないな。でも、おまえがいくら頑張っても関係なく年収が減るかもしれないよ……。新聞で読んだんだけど、これから国は増税に際して、年収1000万円世帯を狙い撃ちにするらしいから」「え!?」
 消費増税ばかりに目が向くが、高齢者が多い日本の社会構造を支えるためには、その他の税も負担増を免れない。そして、その負担は、年収1000万円世帯に特に重くなり、なんと5年間で60万円も増加する。
 高年収でも老後に破綻する層が多いとみるフィナンシャルプランナーが多いのは、税の負担増を加味しているからだ。金高家の貯金も200万円程度でしかない。
 「学歴の高い奥さんを『専業主婦に』と説得したのはおまえなんだろ? 一度正社員を辞めると、復帰するのは難しいし、急に仕事しろというのも荷が重いだろう」
 計の指摘に反論できず、幸夫は黙りこくってしまった。実は、頭の片隅ではぼんやりと分かってはいたものの、深くは考えないようにしてきた問題ばかりだからだ。
 しばらくして、幸夫がぽつりとささやいた。「ところで、1000万円の『重さ』ってどれくらいなんだろうな」。
 「ずいぶん哲学的な質問するなあ」「いや、そうじゃなくて、本当に何グラムくらいかってことさ」。計がスマホで調べて答える。「うーん、およそ1キロか……」。
 すると、話を聞いていた店主がカウンター越しに話し掛けてきた。「じゃあ、この大根1本分ですね」。
 年収の増加と幸福感は必ずしも比例せず、700万円程度で幸福感の上昇は打ち止めになるという研究もある。大根1本分のために、不安定な職場で働き、消費が先行したために、家計のやりくりにも苦しむ……。
 「そうか大根1本か」
 一気に酒をあおる幸夫だった・・・

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半端なリッチが一番危ない 国が狙い撃ちする「年収1000万円」の悲劇

いつかは突破したい大台であり、ステータスも高い年収1000万円。しかし、達成した後に広がる世界は、バラ色ではなかった。一度はまると抜け出せないミエ消費のアリ地獄に際限のない教育費など、もっとも負担感が大きくなるのが「1000万円」なのだ。そこにさらに追い打ちをかけるのが、国による「狙い撃ち」だ。今後の税制や社会保障の推移を見ると、もっとも大きな割を食うのがこの所得層だからだ。所得税に児童手当、さらに消費増税など、すべての制度改変が、この層を直撃する。この国でもっとも危機に立たされている「半端リッチ」1000万円層の悲劇を浮かび上がらせる報告書。[掲載]週刊ダイヤモンド(2014年5月3日・10日号、8200字)

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