◇車利用、悲劇を拡大(気仙沼市街地)
◇迫る波、強制誘導(仙台港・夢メッセみやぎ)
◇「生きたかったら残れ」従業員ら仁王立ち(宮城県南三陸・高野会館)
◇訓練通り迅速に誘導(気仙沼・唐桑町小鯖地区)
2011 年6月21日掲載
東日本大震災が発生した2011年3月11日、最大震度7の激震、大津波警報の発令を受けて、人々は避難のため走りだした。予想を超える巨大津波は、必死で逃げた人たちをものみ込み、多くの犠牲者を生んだ。生死の分かれ目ともなったあの日の避難行動を検証する。
宮城県の気仙沼市魚市場から西に約400メートルの幸町地区では東日本大震災の後、積み重なったがれきの下から100台以上の車が見つかった。避難しようとした車が内陸部につながる市道に殺到し、大渋滞が発生。身動きできない車の列に津波が襲い、多くの人が車内で犠牲になった。
目の前を何台もの車が流れていく。ドンドン、ドンドン。助けを求め、車内から懸命に窓をたたく音が耳に届いた。「今行くぞ」と叫んではみたものの、どうすることもできなかった。
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東日本大震災が発生した3月11日、最大震度7の激震、大津波警報の発令を受けて、人々は避難のため走りだした。予想を超える巨大津波は、必死で逃げた人たちをものみ込み、多くの犠牲者を生んだ。生死の分かれ目ともなったあの日の避難行動を検証する。(2011年6月21〜24日、6100字)
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