◇津波の記憶、足止める(大船渡・気仙沼)
◇園児の命、脚立が救う(石巻みづほ第二幼稚園)
◇誘導的確、乗客命拾い(JR気仙沼線)
◇教訓生かし徒歩避難(釜石・両石地区)
2011年8月18日掲載
大きな被害をもたらした過去の津波を語り継ぐ三陸海岸では、住民の津波への警戒意識は決して低くない。訓練も盛んだ。だが、津波にのまれて犠牲になった住民の中には、大津波警報を知りながら逃げなかった人もいるとされる。大震災の約1年前のチリ大地震津波と、わずか2日前の小規模な津波の実体験が、油断を生んだ。
「早く高台に上がれ」
3月11日の本震後、岩手県大船渡市川原地区町内会長の菊地武雄さん(65)は近所を駆け回って叫び続けた。だが、住民はなかなか逃げようとしない。必死に説得する菊地さんは、こう言い返された。
「昨年も、おとといの津波も小さかった。絶対、ここまで来ない」
住民から何度も言われるうちに、菊地さんも2度の津波を思い返した。
2010年2月28日。同市内では大津波警報のサイレンが鳴り響き、地球の裏側からチリ大地震津波の襲来を告げた。
ことし3月9日にも、東日本大震災の前震とされる地震が発生し、津波が押し寄せた。
2度の津波はいずれも波高が50センチ前後。湾内の養殖施設が被害を受けたものの、港の岸壁を越えることはなく、死者・行方不明者はゼロ、陸への損害もなかった。
住民に避難を呼び掛けたにもかかわらず、菊地さんは、地区内で最も海に近い国道45号に下り、渋滞した車の交通整理を始めた。
間もなく、目の前に土煙が現れた。・・・
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東日本大震災は、地震や津波が発生した際の避難行動に多くの教訓を残した。想定をはるかに超えた津波とはいえ、多くの人が犠牲になったのはなぜか。命からがら助かった人は、どう逃げたのか。人々の避難行動を多角的に検証する。(2011年8月18〜22日、5900字)
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