◇「人が流されている」 悲痛な叫び110番に殺到
◇臨時災害FM18局奮闘 継続へ資金など課題
◇気仙沼・消防団支えたタクシー無線 現場の声、刻々伝える
東日本大震災が発生した2011年3月11日、宮城県警には地震直後から110番が殺到した。当初は「信号が消えている」「水道管が破裂した」といったライフライン関連の通報が目立ったが、津波の襲来と同時に一変、救助を求める切実な訴えが受理台に集中した。テレビの映像や短文投稿サイト「ツイッター」の情報に基づいて他の都道府県警に寄せられた通報も転送され、回線は瞬く間にパンクした。
(末永智弘)
2012年1月10日掲載
【命綱】
「建物倒壊や救助要請の通報は、思ったほど多くないな」。地震から間もなく、通報内容を確認した阿部徹通信指令官(47)=現石巻署刑事官=は少し意外に感じていた。
だが午後3時32分、宮城県気仙沼市の男性が「唐桑町浦宿の海岸に津波が迫っている」と伝えてきたのを機に通報内容は深刻さを増していく。県警が初めて受けた津波に関する110番だった。
「津波で人が流されている」「首まで水に漬かった。助けて!」
110番の14回線は悲痛な叫びに埋め尽くされた。通報者とやりとりできる受理台は7台しかない。全ての通報には応答しきれなくなった。
普段は2〜3分で終わる通報者とのやりとりが長引いたことも、110番が滞留する要因となった。救助を求める通報者にとって、110番は「命綱」。なかなか通話を終えてもらえない。
斎藤昌彦通信指令課長(54)=県警地域課長=は「『ほかの通報もあるので』と、こちらから切るわけにもいかない。焦りと心痛が募った」と語る・・・
![]()
東日本大震災が発生した2011年3月11日、宮城県警には地震発生直後から110番が殺到した。当初は「信号が消えている」「水道管が破裂した」といったライフライン関連の通報が目立ったが、津波の襲来と同時に一変、救助を求める切実な訴えが受理台に集中した。テレビの映像や短文投稿サイト「ツイッター」の情報に基づいて他の都道府県警に寄せられた通報も転送され、回線は瞬く間にパンクした。[掲載]河北新報(2012年1月10〜22日、5400字)
スマートフォン、iPadでも読めますこの商品のアドレスをメールで送る
![]()
WEB新書の料金のお支払いはクレジットカードでの決済となります。朝日新聞社が提供する決済・認証サービス「朝日新聞Jpass」への登録および、購読手続きが必要です。